土地利用規制法案の危険性


土地利用規制法案は、2021年6月1日に衆議院本会議で可決され、現在、参議院内閣委員会で審議されています。

この法律は、「防衛関係施設」、「生活関連施設」等の周囲1キロメートエル以内や国境離島等の区域を、内閣総理大臣が「注視区域として指定」し、土地・建物の利用状況を調査できるとするものです。

これは、「安全保障上重要な土地取引の規制法案」と並んで、極めて危険な法令といえます。




1 土地利用規制法案について

執筆日時:

最終修正:

筆者:平児


(1)法律案の概要

現在、参議院で審理されている「土地利用規制法案」は、正式名称を「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案」と呼ばれる法令である。

その内容を一言でいえば、次のようになる。

【土地利用規制法案の概要】

注視区域の指定、同区域内における調査、勧告・命令

  • 防衛施設等の「重要施設」の敷地の周囲おおむね1キロメートルの区域内、及び、国境離島等の区域内から、内閣総理大臣が一定の範囲を「注視区域」として指定することができる。
  • 内閣総理大臣は、注視区域内にある土地・建物の利用の状況についての調査を行う。
  • 内閣総理大臣は、注視区域内にある土地・建物の利用について、土地等の利用者に対し、一定の行為のために用いないことなどを勧告、命令することができる。

特別注視区域

  • 内閣総理大臣は、注視区域が特定重要施設であるときなどは、特別注視区域として指定できる。
  • 特別注視区域内にある一定の土地・建物については、その権利の移転(売買等)には、事前の届け出が必要となる。

すなわち、政府が「注視区域」と定めた地域に土地・建物を保有している者は、その土地・建物で「重要施設」に影響を与えることをしていないかを政府が調査し、かつそのような行為をしないように命じることができる法律なのである。

※ TBS NEWS 2021/06/08 成立か廃案か・・・「土地規制法」意外な影響


(2)重要施設とは

ここで、重要施設とは以下の3つのものを指す。

【注視区域となり得る重要施設とは】

  • 防衛関係施設(自衛隊施設及び米軍施設)
  • 海上保安庁の施設
  • 生活関連施設(国民生活に関連を有する施設であって、その機能を阻害する行為が行われた場合に国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずるおそれがあると認められるもので政令で定めるもの)

※ 防衛関係施設と海上保安庁の施設は、ある程度、対象が明らかであるが、生活関連施設は政令で定められるとされており、具田的な対象は明らかではない。

これらの重要施設の周囲1キロメートルの範囲が注視区域となり得るわけである。


(3)注視区域を指定する手続き

また、注視区域を指定するためには、関係行政機関の長に協議するとともに、土地等利用状況審議会の意見を聴けばよい。当然のことながら各行政機関の長は内閣総理大臣が自由に罷免できるし、審議会の委員は内閣総理大臣が任命するのであるから、これらが歯止めになることはない。

【注視区域を指定するための手続き】

  • 内閣総理大臣が、要施設のおおむね1キロメートル以内の区域内にある土地・建物が、その重要施設の施設機能を阻害する用途に使用されることを防止する必要があるものと認めれば、「注視区域」として指定することができる。
  • 内閣総理大臣は、注視区域を指定する場合には、あらかじめ、関係行政機関の長に協議するとともに、土地等利用状況審議会の意見を聴かなければならない。
  • 内閣総理大臣は、注視区域を指定する場合には、その旨及びその区域を官報で公示しなければならない。

分かりやすく言えば、内閣総理大臣は自由に注視区域を指定することができるのである。


(4)特別注視区域

内閣総理大臣は注視区域が以下の場合は、その注視区域を特別注視区域として定めることができる。

【注視区域を特別注視区域として指定することができる場合】

  • 注視区域に係る重要施設が「重要施設のうち、その施設機能が特に重要なもの又はその施設機能を阻害することが容易であるものであって、他の重要施設によるその施設機能の代替が困難である」場合。
  • 注視区域に係る国境離島等が「国境離島等のうち、その離島機能が特に重要なもの又はその離島機能を阻害することが容易であるものであって、他の国境離島等によるその離島機能の代替が困難である」場合。

※ いずれの場合も、判断は内閣総理大臣が行うこととなる。手続きは、注視区域を指定する場合と変わらない。

詳細は省略するが、特別注視区域の決定の手続きも、基本的に注視区域と同じである。従って、内閣総理大臣は自由に特別注視区域を定めることができる。


2 土地利用規制法案の問題点

(1)各界からの反対意見等

この土地利用規制法案については、各界から多くの問題点が指摘されている。例えば日本弁護士会会長の反対声明(※1)などああり、報道機関も危惧の念を表明している(※2)。政党では日本共産党が反対声明を出し、立憲民主党も問題点を追及した(※3)

※1 日本弁護士会「重要土地等調査規制法案に反対する会長声明

※2 朝日新聞DIGITAL 2021年05月27日「土地規制法案、私権制限への懸念消えず あいまいな根拠」、毎日新聞2021年3月29日社説「土地規制と安保 恣意的運用の懸念大きい」など、地方紙では東京新聞2021年4月7日社説「<社説>安保区域を規制 私権侵害を危惧する」、中国新聞社説「土地利用規制法案 私権制限の不安消えぬ」など

※3 しんぶん赤旗「土地利用規制法案 人権侵害法は廃案にすべきだ」、立憲民主党サイト「【衆院本会議】重要土地等調査法案の問題点を追及、篠原豪議員」など

なお、衆議院内閣予算委員会での賛否は以下のようになっている。

【衆議院における賛否】

  • 反対:立憲民主党、日本共産党
  • 賛成:自由民主党、公明党、日本維新の会、国民民主党

※ 各会派には、各政党に属していない無所属の議員が一部含まれている。


(2)思想・信条の自由への侵害

ア 「土地等利用状況調査」とは

まず、内閣総理大臣による調査が、国民の思想・信条の自由を侵害する恐れがあることを指摘しておかなければならない。

土地利用規制法案によると、注視区域における内閣総理大臣の調査は「内閣総理大臣は、注視区域内にある土地等の利用の状況についての調査(次条第一項及び第八条において「土地等利用状況調査」という。)を行うものとする」とある。すなわち、どのような調査をするかや、調査の手続きが法律に、全く、定められていないのである。

これでは、何の歯止めもなく内閣総理大臣は、国民の生活や思想・信条についての調査が行えることとなってしまう。例えば、ある米軍基地に反対する活動を行っている住人がいるとしよう。政府は、その1キロメートルの範囲内に米軍基地があれば、法律によって、この住人に対して監視や思想の調査できるのである。

すなわち内閣総理大臣に、国民監視のフリーハンドを与えるようなものである。

イ 利用者等関係情報の提供

また、内閣総理大臣は、「土地等利用状況調査のために必要がある場合においては、関係行政機関の長及び関係地方公共団体の長その他の執行機関に対して、当該土地等利用状況調査に係る注視区域内にある土地等の利用者その他の関係者に関する情報のうちその者の氏名又は名称、住所その他政令で定めるものの提供を求めることができる」のである。

ここで、「その他執行機関」に図書館の長が入っており、「その他政令で定めるもの」に図書館での書籍の借り出し状況を定めればどうなるだろうか。政令は、内閣が定める命令であるから、内閣総理大臣が決めることができるのだ。住民がどのような書籍を読んでいるかが分かってしまうのである。米軍関係の書籍や住民運動に関する書籍を借り出していないかを調べることや、政府に反対する政党関係の書籍を借り出していないかを調べることも可能なのだ。

すなわち、内閣総理大臣が住民の思想・心情を調査することが可能な法律なのである。

ウ 土地等利用に関する勧告・命令

また、内閣総理大臣は、調査を行った結果において「土地等利用状況審議会の意見を聴いて、当該土地等の利用者に対し、当該土地等を当該行為の用に供しないことその他必要な措置をとるべき旨を勧告することができる」のである。

勧告に従わなければ、さらに強い命令をすることができ、命令に従わなければ「2年以下の懲役又は200万円以下の罰金」という刑事罰が科せられる。

しかし、この勧告の内容もまた、内閣総理大臣のフリーハンドなのである。例えば、米軍基地反対運動や基地返還運動のために、土地・建物を使わせないことが可能となるのだ。


(3)土地の売買の制約

また、特別注視区域に指定されると、土地・建物の売却をしようとしたときは、事前の届出が必要となる。

政府は、売却を止めることができるのである。内閣総理大臣が必要だと認めればそれが可能になるのだ。

しかも、共産党の赤嶺議員の質問に対し、天河宏文内閣官房土地調査検討室次長は、売却を政府が止めたような場合であっても「政府として補償する予定はない」と答弁しているのである。

こうなると、反政府的な活動を行っている住民に対する嫌がらせが可能となってしまうだろう。


(4)内閣総理大臣による恣意的な運用の恐れ

また、土地利用規制法案の大きな問題点として、私権(思想・信条の自由、土地・建物の所有権)の制限を含んでいるにもかかわらず、その内容が不明瞭なことが挙げられる。

例えば、注視区域になり得る「生活関連施設」の内容が不明瞭なのである。法律の定義では「国民生活に関連を有する施設であって、その機能を阻害する行為が行われた場合に国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずるおそれがあると認められるもので政令で定めるもの」とあり、政府(内閣)が自由に政令で決めることが可能となっている。

基準は、「国民生活に関連を有する施設であって、その機能を阻害する行為が行われた場合に国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずるおそれがあると認められるもの」と定められているだけである。これでは、大規模な医療機関、空港、発電所はいうに及ばず、県庁舎、市庁舎、自動車工場、電気機器工場、さらには大規模な駅舎、バスターミナル、大規模な十字路、そればかりか用水池や穀倉地帯、果ては薬局やコンビニなどなんでも対象となってしまう。

こうなると、山林原野や湖沼を除き、日本全体がその1キロメートルの範囲に入ってしまうだろう。


3 最後に

このようにみてくると、この法律は、きわめて漠然とした内容の法令であり、政令をどう定めるかによって、内閣総理大臣が自由に国民の思想調査を行うことができ、また、米軍基地反対運動や住民運動に土地・建物を使用することを禁止することが可能な法律なのである。

最後に、とても分かりやすい動画を紹介させて頂きます。5分でこの法令の問題が理解できるように作られています。

※ 2021/05/30 【5分解説】曖昧に私権制限?土地利用規制法案の概要と問題点【国会】