対話ができない自民党政権


自民党政権下において、安倍前総理、菅総理やその周辺の政治家たちの言うことが、まったく理解できないケースが増えています。

河野氏も記者の質問をスルーしたことがあり、菅総理は米国でバイデン大統領からふられた記者の質問に対して同じことをやっています。

対話ができない幼児的な政権たは我が国のリスク要因となっています。




1 はじめに

執筆日時:

一部追記:

筆者:柳川行雄


(1)自民党の説明が意味不明になっている

自民党政権下において、安倍前総理、菅総理やその周辺の政治家たちの言うことが、まったく理解できないケースが増えている。いちいち説明しなくても、「自分の支持者には分かるはずだから説明する必要などない」といわんばかりの発言が多いのだ。

とにかく、反対派を批判したり揶揄していることだけは分かるのだが、具体的に何のことを言っているのかの説明がないのである。むしろ逃げているとしか言いようのない発言が目立つのだ。

例を挙げてみよう。

「誤った内容を前提とした質問を続ける」。何が誤っているの?

「悪夢の民主党政権」。具体的に何を指してるの?

「著しく不適切な内容が含まれている」。でも、どこが不適切なの?

これでは、政権として印象操作を行っているだけと言われても仕方がないだろう。具体的な事実関係を指摘せずに「誤った」「悪夢」「不適切」などとしか言わないのでは、言われた側にしてみれば反論のしようがないのである。

安倍総理(以下、肩書はその当時のもの)は、森友学園問題に関し、朝日新聞の小さな誤りをやたらに大きく取り上げて、森友問題そのものが誤報であるかのような印象操作を行った前歴がある(※)。最近はさらに一歩進んで、具体的な説明はせずに他者を非難するようになっているようだ。

※ 例えば、2018年02月20日 毎日新聞記事「止まらぬ朝日「口撃」 間違い、哀れ…持論展開」、2018年02月11日 J-CASTニュース記事「『朝日らしい惨めな言い訳』『哀れですね』 安倍首相、森友記事にFBでコメント」など。わずかなミスを取り上げてみても、森友、加計問題で自分がやったことの責任が消えるわけでもあるまいに。哀れな人物である。

これは政治家として建設的な態度ではない。政治家なら敵対勢力を納得させるような説明・表現ができなければ三流だろう。まあ、安倍総理が三流だということは当初から分かっていたことだが、これが我が国の政権なのだから情けない話である。


(2)幼児化する自民党政権

自民党政権が、小選挙区制度という欠陥選挙制度のおかげで、どっちにしても多数派になれるのだから、批判派に説明する必要などないと考えているとすれば、傲慢としか言いようがない。これではトランプ前大統領の方がよほどまともである。

自民党の安倍総理は反対派に対して、「こんな人たちに負けるわけにいかない」と評したことがある。このことからも分かるように、安倍総理が、自分の支持者の話を聞くことはできても、自分を批判する側の話を聞く能力のない人物だということは、ほぼ通説となっていると言ってよいだろう(※)

※ 最近でも、2019年02月13日 PRESIDENT Online記事「急所を突かれると興奮する安倍首相の性癖」、2019年02月25日 毎日新聞記事「首相の発言、なぜ荒れる? 国会審議で目立つ感情的な振る舞い」など、安倍総理が他人の話を聞く能力がないことを指摘する資料には事欠かない。

それが、最近では、話が聞けないばかりではなく、自らに批判的な側に対して何かを説明する意志と能力さえ失われてきている。「自らを熱心に支持してくれるネトウヨ的な評論家なら分かってくれるはずだ。だから、国民に対して説明する必要はない」とでも考えているのだろうか。とんでもない話である。

安倍総理が、かつて所信表明で述べた「丁寧な説明」とは支持者に対してだけなのだろうか。それとも、具体的に話をすると、誤りを指摘されて恥をかくことが増えているので、怖くて何も言えないのだろうか。

しかも、この傾向は、安倍総理のみならず、この政権全体に蔓延しつつあるように見える。記者会見で、自分の都合の悪い質問は無視して、「次の質問をどうぞ」とやった河野外相など、その典型であろう。だが、このような態度は、国民主権の否定であるし、国際的・外交的にも大きなリスクになるのである。


2 自民党政権の意味不明な説明の例

(1)東京新聞の望月記者に「事実誤認」。どこが?

ア 事実関係

産経新聞によると、政府は、菅官房長官(現総理)の記者会見で東京新聞記者がした質問に事実誤認があったとして、内閣記者会に書面で再発防止を求めたという(※)

※ 産経新聞 2018年12月28日記事「東京記者の質問に『事実誤認』 官邸報道室が再発防止要請」による。

しかし、事実誤認の記事を書いたというならともかく、記者会見で質問をしたところで、否定してしまえば済むことである。質問をして何か問題になることでもあるのだろうか?

これについて、産経新聞の記事によると「記者会見がインターネットで配信されていることを踏まえ『視聴者に誤った事実認識を拡散させることになりかねない。正確な事実を踏まえた質問を改めてお願いする』とした」という。

ばかばかしい。記者会見というのは、事実関係を確認するためにするものであろう。答える側が否定すればよいだけのことである。官房長官は政治家の立場ではないかもしれないが、現実には政治家的な立場を持っている。政治家と言うものは、鮮やかな言論で他者・国民を納得させるのが真骨頂だろう。

それをせずに、相手側に対して間違ったことは聞くな、などと文書で指導するなどと言うのは、政治家として無能だと認めているようなものであろう。情けないとは思わないのだろうか。

イ 望月記者の質問内容

さて、菅官房長官の言う誤った内容だが、LITERAの2019年01月14日付記事「産経と菅官房長官が『辺野古赤土投入問題』追及の東京新聞・望月記者を『事実誤認』と攻撃! 安倍首相の"サンゴ嘘"に続き」によれば、次のようなやりとりが「事実誤認」とされたのだという。

【LITERAの2019年01月14日付記事】

―― 民間業者の仕様書には「沖縄産の黒石岩ズリ」とあるのに埋立の現場では赤土が広がっております。琉球セメントは県の調査を拒否していまして、沖縄防衛局は「実態把握が出来ていない」としております。埋立が適法に進んでいるのか確認ができておりません。政府としてどう対処するつもりなのでしょうか。

菅官房長官 法的に基づいてしっかりやっております。

―― 「適法がどうかの確認をしていない」ということを訊いているのですね。粘土分を含む赤土の可能性が指摘されているにもかかわらず、発注者の国が事実確認をしないのは行政の不作為に当たるのではないでしょうか。

菅官房長官 そんなことはありません。

―― それであれば、政府として防衛局にしっかりと確認をさせ、仮に赤土の割合が高いのなら、改めさせる必要があるのではないでしょうか。

菅官房長官 今答えた通りです。

※ LITERA 2019年01月14日付記事「産経と菅官房長官が『辺野古赤土投入問題』追及の東京新聞・望月記者を『事実誤認』と攻撃! 安倍首相の"サンゴ嘘"に続き」より

これは、J-CASTニュース「望月衣塑子記者の質問に、菅長官が語気強めた瞬間 会見場で何が起きていたのか」にも、まったく同じ記述があり、官房長官は、この会話の後「会場を後にした」という。

確かにこれを聴いた国民は、政府の側に問題があると思うだろう。要するに菅官房長官は、東京新聞の記者に完全に言い負かされているのだ。まるで反論ができていないのである。そして、腹いせに新聞社に文書で指導したのである。

政治家として情けないばかりではない。取材の自由の保障という意味からも重大な問題であり、看過できないものである。

なお、前述の産経新聞の記事によると、後になって官邸報道室が「記者は質問で、埋め立て工事用の土砂が仕様書に適合しているかについて『発注者の国が事実確認をしない』などと主張した」が、実際には「『仕様書どおりの材料であることを確認しており、明らかに事実に反する』と反論」したのだそうである。

だったら記者会見で、待ってましたとばかりにそのように言えばよいのではなかろうか。ところが、菅官房長官は、望月記者の質問にまともに答えていない。これでは、これを見た国民の側は政府の側に問題があると思うだろう。しかし、それは東京新聞の記者のせいではなく、菅官房長官の無能の故である。

ウ 自由党からの質問主意書

さて、この事件は、日本新聞労働組合連合と日本ジャーナリスト会議が抗議声明を公表するに至った。

また国会でも、山本太郎参院議員が質問主意書で「記者の質問権のみならず国民の知る権利をも侵害されかねない状況だ」と批判する事態となった。

この質問主意書に対する2月25日に閣議決定された答弁書には「必ずしも簡潔とは言えない質問が少なからずある。今後とも長官の日程管理の観点からやむを得ない場合、司会者がこれまでと同様に協力呼び掛けなどを通じて、円滑な進行に協力を求める」とある。

冗談ではない、菅官房長官が、望月記者など批判的な記者の質問にまともに答えようとしないため、どうしても繰り返し質問が行われることになるのだ。ところが答弁書は、記者への質問について、答えずに打ち切ることがあると明言したのである。

事実、朝日新聞によると、翌日の2月26日の記者会見で、菅官房長官は望月記者の質問に対し、「あなたに答える必要はありません」(※)と答えたという。

※ 朝日新聞digital 2019年02月26日記事「東京新聞記者に菅官房長官『あなたに答える必要はない』」による。

なお、臺氏(※)によれば、官房長官の記者会見は慣例として、従来は記者が質問を求める限り答えるのが原則だったとされている。マスコミからの質問であるから、ある意味、当然であろう。批判的な記者に対しては答えようとしないのは、国民に対して丁寧に説明することはしないということである。

※ 臺宏士「アベノメディアに抗う」(緑風出版2019年)

エ 望月記者の質問内容の真偽は

では、望月記者の質問は事実に基づかないことを前提にしたものだったのだろうか。

これについて、LITERAの記事によると、「菅官房長官は『仕様書どおりの材料であることを確認』などと強弁しているが、そもそも仕様書が県の承認を得ないまま変更されていたことも判明している。伊波参院議員は視察後に『赤土でもパスする検査方法になっている』と指摘していたが、12日の東京新聞も、防衛局が業者に工事を発注した際の仕様書で、環境負担の大きい細粒分の割合が『10%以下』から『40%以下』へと県に承認を得ずに変更されていたと報じている。仕様書変更による甘い検査で細粒部分の多い『赤土』がすり抜けることになっていたのだ」などとされている。

なんのことはない。望月記者の質問は、「誤っている」のではなく、たんに安倍政権にとって「都合が悪い」だけだったのである。

オ 望月記者の質問時間は長いのか

また、先述した政府の答弁書には「必ずしも簡潔とは言えない質問が少なからずある」とされている。

望月記者の質問時間については、HARBOR BUSINESSの2019年02月09日の記事「望月衣塑子記者の質問は『無駄が多い』『自分の意見を述べ続ける』は本当か? 信号無視話法分析で検証」が興味深い記事を書いている。この記事で、望月記者と他の記者の質問時間などを詳細に分析しているが、とくに望月記者の質問時間が長いとは感じられないとしている。

私自身、現役時代に都道府県労働局で報道関係者の会見の席に出ることは何度もあったが、質問に当たってその記者が質問の趣旨などを説明することは当然であり、ユーチューブにアップされた望月記者の質問を見ても、とくに長いなどとは感じられない。むしろ、菅官房長官が、質問にまともに答えていないのだ。

カ 菅官房長官が無能なだけである

要は、菅官房長官は記者会見で国民を納得させるような話術ができる能力のある人物ではないということだ。官房長官としても総理としても、また、国際政治の場においても不適格であろう。

現総理でもあり、安倍前政権の主要なスタッフでもある人物に能力がないことが、このことを持っても証明されたようなものである。


(2)「悪夢」とは具体的に何なのか?

ア 事実関係

安倍総理は2019年2月10日の党大会で、民主党政権時代を評して「悪夢」という言葉で表現した。もちろん、他党を批判することが悪いとは言わない。具体的な事実を挙げての批判なら大いに結構なことである。私自身、民主党政権が良い政権だったなどとは思っていない。

しかし、政権を担う立場にありながら、最大野党を念頭において(※)、「悪夢」などという表現をするのは、独裁的・非民主的で低レベルと言われてもしかたがないだろう。野党の言うことなど歯牙にもかけないと宣言したようなものである。

※ 安倍総理は、2919年02月02日の予算委員会で、立憲民主党の岡田議員からの質問に対して「悪夢でないというなら、なぜ民主党という名前を変えたのか。イメージが悪いから変えたんだろうと推測する人たちがたくさんいる」と発言している。立憲民主党を念頭に置いた発言であることは明らかである。

少なくとも近代民主国家において政権を担うのであれば、政敵に対しても、一定の礼節を払う資質は必要である。残念ながら、安倍総理にはそれが欠けているのだ。

このようなところにも「自分は正しい」「批判派の言うことは聞く必要がない」「批判派に説明する必要はない」という、安倍総理の政治家としての資質に欠ける幼児的な面が顕著に現れていると言ってよいだろう。

イ 悪夢とは何か

安倍総理は、「悪夢」の内容について具体的に語っていないが、私に言わせれば、「悪夢」とは次のようなことである。まさに、安倍政権こそが悪夢の政権だと思うがいかがなものであろうか。

【私の考える政治の悪夢】

  • ① 総理の夫人が名誉校長を務める学校法人に、国民の財産である国有の土地をタダ同然の価格で売却すること
  • ② 総理の腹心の友が経営する法人の学校が、開校しても図書館に満足に専門書さえないにもかかわらず、特別扱いで認可されること。
  • ③ 総理が「素晴らしい」と評する「若い」議員が、性的少数派は生産性がないから税金を使うべきでないと主張すること
  • ④ 国務大臣が、100万円を受け取って国税庁へ口利きをしたとの疑惑が持たれているにもかかわらず、ろくに説明もしないこと
  • ⑤ 「ヒトラーの動機は正しかった」「ナチの手口に学ぶべきだ」と主張する人物が副総理を務めていること
  • ⑥ 五輪相が五輪憲章を読んでおらず、サイバー担当がパソコンを使ったことがないなど、能力がない人物が国務大臣を務めていること
  • ⑦ 競泳選手が白血病に罹っていることを知って、「がっかり」と発言するような人物が国務大臣を務めていること
  • ⑧ 女子高生をネットで吊るしあげて、子供を苦しめるような人物が国務大臣を務めていること

ウ 悪夢とは安倍政権そのものだ

この他にも、麻生太郎副総理は、2001年の総裁選で、野中広務氏に対して「野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」と発言した。新潮45で悪名の高い杉田議員や、「セクハラとは縁遠い人々」発言の長尾議員もそうであるが、現政権には差別意識を持った人物が多いのである。

このような人権意識に欠ける人々が政権を担っていることを「悪夢」といわずして、何を悪夢と言うのであろうか。

なお、立憲民主党の枝野代表は、安倍総理を小学6年生並みと評価された(※)。だが、これもまた、いささか失礼な発言ではある。我が国の小学6年生の多くは、安倍総理ほど幼稚ではない。また、麻生副総理や杉田議員のような差別意識も持っていない。安倍総理と比べるのは、小学6年生に対して大変に失礼というものである。

※ 朝日新聞digital 2019年02月14日記事「『日本の総理、小学6年生並みで情けない』立憲・枝野氏」による。


(3)「不適切な内容」って・・・だから何が

ア 事実関係

(ア)文議長の天皇謝罪発言

2019年2月に、韓国の国会議長である文喜相氏が、従軍慰安婦の問題について、天皇が元慰安婦の方に直接謝罪をすれば解決できるとの考えを示した。これが日韓の関係の悪化の遠因となったことは記憶に新しいところである。

実を言えば、私は、最初にこの報道に接したとき、韓国内で批判が起きるのではないかと思った。無理強いに従軍慰安婦にされた方の心の傷は、天皇の直接謝罪などで癒されるような浅いものではないと、国内で反発されるのではないかという理由からだ。

だが、文議長の立場に立ってみれば、加害者(日本)の側に謝って欲しいという思いがあるのは十分に理解できることではある。

(イ)河野外相の文議長に対する批判

ところが、批判は思いもしないところから起きた。文議長の発言に対して、河野外相が「この問題は日韓合意で完全最終的に決着したと考えている。しっかりとした正しい認識で発言していただきたい」と発言したというのである(※)

※ 朝日新聞digital 2019年02月10日記事「河野外相、韓国議長に苦言 『天皇が謝罪すれば』発言」による。

考えてみよう。ある者が犯罪行為を行ったとする。そして、刑事訴訟で有罪判決を受けるとともに民事訴訟で損害賠償を命じられ、受刑して賠償金も払ったとしよう。その後、被害者から、一言でもいいから謝って欲しいと言われたときに、犯人が被害者に向かって「この問題は受刑と損害賠償で最終的に決着したと考えている。発言には気を付けて欲しい」と言ったとしたら、被害者側はどう思うだろうか。

河野外相の発言はこれと同じである。かつて、我が国の軍が行った被支配地の女性に対する犯罪行為への謝罪要求に対して、「日韓合意で完全最終的に決着した」のだから、「発言には気を付けろ」と加害者側の政府が怒りを表明するのである。これは、政治家としてよりも前に、人間として信じがたい発言というべきだろう。

(ウ)菅官房長官による謝罪要求

さらに、菅官房長官は「韓国側に強く抗議し謝罪と撤回を求めた」という(※)。「甚だしく不適切な内容を含むものであり、極めて遺憾である旨を厳しく申し入れをし、強く抗議した」というのである。

※ 朝日新聞digital 2019年02月12日記事「日本政府、韓国に謝罪と撤回要求 『天皇が謝罪』発言に」による。

また、2月12日の国会で、安倍総理は文議長の発言に対して「本当に驚いた」と述べたうえで、菅官房長官の発言内容を認めた。安倍総理は、「謝って欲しい」という被害者側の当然の感情に「驚いた」というのである。これを聴いて、安倍総理には人間としてどこか問題があるのではないかと思ったのは私だけだろうか。

(エ)日本政府の謝罪要求は今上天皇を傷つける

そもそも、今上天皇が先の大戦における旧日本軍の行為について、被害者の女性に個人的に謝罪を行ったとしても、天皇に対する敬意の念を有している人々の敬意の念が損なわれるとは思えない。むしろ、国際的に、今上天皇に対する評価・好感度は向上するのではなかろうか。

もちろん、今上天皇が、国の代表として謝罪することは、我が国の憲法上の問題がある。しかし、個人的に謝罪の念を述べたとしても、ただちに問題となるわけではない。

むしろ、文議長の発言に対して、抗議し、謝罪を要求する態度をとることの方が、国際的な今上天皇への評価を貶めることになるのではなかろうか。

文議長に対して謝罪を要求する日本国政府の対応は、今上天皇のことを考えてのものではない。天皇制の利用を図り、国内の右派・保守勢力の支持を得るためのものである。むしろ今上天皇の個人的な利益よりも自らの利益を上位に置くものとさえ言えるだろう。

(オ)文議長の反論

日本政府の対応に対し、文議長は反発した。朝日新聞によると「(1月に亡くなった元慰安婦の)金福童さんは(謝罪の)手紙1枚だけでも送って欲しいと言っていた。(日本は)被害者を優先せずに答弁している」「亡くなったとき、弔花や弔問が一度でもあれば問題が解決したということだ」と述べたとされる(※)

※ 朝日新聞digital 2019年02月13日記事「天皇謝罪発言の韓国議長、撤回応じず『平素からの持論』」による。

繰り返すが、日本人か韓国人かということは抜きにして、被害者の側が、加害者の側に謝って欲しいというのはごく自然な感情である。これに対して、加害者の側が、「不適切だ、撤回しろ、謝罪しろ」と言うのはどうなのだろう。これは、日本人であるよりも前に、人間としての私の理解を超えた言動としか言いようがない。

イ 政府の「不適切」の意味が不明

(ア)菅官房長官は、何が不適切というのか

しかも、菅官房長官や安倍総理の言われる「不適切」とは何か、について我が国政府は、一切、説明をしていないのである。自分は正しいのだから、説明をしなくても正しいことは分かるはずというなら、それは幼稚園児並みの発想である。国際社会における外交に携わる能力はないとしか言いようがない。

そもそも、日韓関係がここまで悪化してきたのは、相手側と自分の考え方の違いを無視して、自らの考えを絶対に正しいと押し付けてきたからであろう。そのことにまず気付くべきである。

(イ)産経新聞による解説

なお、安倍政権が説明しない「不適切」の内容について、産経新聞が解説している。「発言は幾重にも不適切な点をはらんでいるが、最大の問題は、昭和天皇と天皇陛下への重大な非礼である。昭和天皇が、いつ戦争犯罪者となったのか。先の大戦で日本と戦った連合国すら、そのようなことは認めていない」(※)と言う。

※ 産経新聞 2019年02月13日主張(社説)「韓国議長の暴言 直ちに撤回と謝罪をせよ」による。

これは、文議長が「天皇は戦犯の息子」と述べたことを指しているのだろう。しかし、韓国はおろかアジアのほとんどの国の国民、また米国を始めとする多くの連合国側の国民においても、昭和天皇が戦犯だということは、ごく常識的な考え方なのである。

現実にそのような考え方があるということは事実であり、その事実を無視してしまっては、冷静な外交はできない。客観的な事実と、主観的にこうあるべき論を混同するのは愚かな行為である。

(ウ)現実から目をそらしてはならない

産経新聞が「連合国すら、そのようなことは認めていない」というのは、東京裁判で戦犯として天皇が訴追されなかったことを指すのだろう。しかし、それは当時の米国の都合で、天皇を政治利用するためだけのことであり、東京裁判の裁判長のウエッブが天皇を戦犯として訴追すべきと考えていたことも歴史的な事実である。

また、終戦後の米国のギャロップの世論調査では、天皇を死刑にせよというものが33%、裁判にかけよというもの17%、終身刑にせよというもの11%などとなっている(※1)。それどころか、昭和天皇が死去したときに英国紙で、第一面に「ヒロヒト、地獄でヒトラーとムソリーニが待ってるぞ」という記事を載せた例さえある(※2)

※1 武田清子「天皇感の相克」(岩波書店1978年)

※2 雁屋哲他「日本人と天皇」(講談社2003年)

そもそも昭和天皇は、張作霖の爆殺、柳条湖事件、盧溝橋事件後の大陸侵攻、南京虐殺事件、重慶爆撃、真珠湾奇襲などの一連の過程において、日本国及び日本軍の統帥権を握っていたのである(※)。昭和天皇に責任がないなどと言うのは、不祥事があったときに、「秘書がやった」「私は知らなかった」と言う国会議員のようなものである。責任がないなどと言っても国際的には全く通用しないのだ。

※ 昭和天皇独白録では、昭和天皇は、自らには責任はなく東条に開戦の責任があるとしている。しかし、昭和天皇は開戦の詔書に署名をしたのである。その東条は、極東裁判では天皇に戦争責任が及ばないよう、自らに責任があるとしていた。哀れと言うべきか。

(エ)安倍政権は、なぜ何が不適切かを言わないのか

そもそも、安倍政権が文議長の発言に不適切な内容があると考えるなら、安倍政権のしかるべき責任者が、明確にどこが不適切なのかを主張するべきである。

そうしなければ、かつて日本軍が被支配地の女性を強制的に従軍慰安婦にしたことを肯定的にみていると、世界中から思われることになるだろう。日本政府は、かつての軍国主義を肯定しているととられることになる。仮にそうならなくなったとしても、国際的にみて、とても相手にされないような理由なので言えないのだと思われるだけだろう。

では、なぜ、安倍政権は「不適切」の内容について、明確な説明ができないのだろうか。

(エ)日本政府は、何が不適切かを言えないのか

いずれにせよ、常識的にみて、安倍政権の不適切という主張の根拠は4つしか考えられない。

① 産経新聞の言うように、昭和天皇は戦犯ではないという理由

② 天皇は戦犯だが、その子供である今上天皇には責任はないという理由

③ 河野外相の発言にあったことだが、すでに決着のついたことに謝れと言うのはおかしいという理由

④ 天皇は日本人の崇拝の対象なのだから、その対象に対して謝れと言うのは非礼だという理由

しかし、①についてはすでに述べたように、国際的には全く相手にされない主張である。多くの人々にとって、ヒトラーが戦犯ではないというのとほぼ同じレベルの話なのである。

昭和天皇が戦犯ではないなどというのは、日本国内のネトウヨの世界でだけ通じる理論だろう。それが分からないのであれば、昭和天皇が戦争犯罪の所在について、「言葉のアヤ」と発言したときの、国際社会の反応を思い出してみればよい。

また、②については、文議長は今上天皇に対して謝ってほしいと言っているのであり、戦争犯罪についての倫理的・道徳的な非難を今上天皇個人に対して向けているわけではない。天皇の子供として、父親の行為を謝って欲しいと言っているにすぎないのである。ごく自然な感情であり、そもそも、適切とか不適切とかなどと言えるようなものではないだろう。

なお、これを日本の政治家が発言したとすれば、天皇の政治利用であり、不適切であることは言うまでもない。しかし、文議長は韓国の政治家なのである。不適切などといえるようなものではないのだ。

③はすでに述べたので繰り返さないが、そもそも日韓合意は賠償に関するものであって(※)、謝るかどうかなどという倫理的なレベルの話ではない。謝るかどうかということが議論になっているところへ、日韓合意の話を持ち出すのは、河野外相の頭の悪さを証明しただけのことであろう。

※ しかも、賠償請求権の消滅は、国家間のことであって個人の請求権は失われていないのだ。そのことは、日本政府の公式見解でもあったのである。

また、「損害賠償請求権はなくなったのだから謝る必要はない」などというのは、万引きをした犯人が「金を払えば問題ないだろ」と開き直るようなものだろう。韓国の側を怒らせるだけである。

④は、韓国の側から見れば、加害者の側の傲慢としか思えないであろう。このような主張をしてみても今後も平行線が続き、韓国以外の多くの国からも我が国が傲慢な国家だと思われるだけである。

ネオナチが、「我々はヒトラーを崇拝している、だからヒトラーを戦犯扱いすることはやめろ」と言っているのと同じレベルだとしか理解されないだろう。

ウ 政府は対応を誤った

結論を言えば、政府は文議長の発言に対して対応を誤ったのである。文議長の発言は、たんに従軍慰安婦にされた女性たちの怒り・悲しみを鎮めるために、戦争の最高責任者の子息に誤ってほしいという、ごく自然な感情に出たものにすぎないのだ。

ところが、安倍総理が南京虐殺を否定するようなネトウヨ的な思想の持ち主だから、日韓の関係を徹底的に悪化させるまでに国益を損なうような対応をするのである。

ここまで関係が悪化してしまい、政府はどう事態を収束するつもりなのだろうか。また、これまで黙っていた「不適切な内容」とは何かについて、どのように説明をするつもりなのだろうか。昭和天皇が戦犯ではないなどと言い出せば、日本のネトウヨと一部の右翼的なマスコミからは絶賛を受けるだろうが、世界的には大批判を浴びて我が国の国益を大きく損なうことになるだろう。

このような幼児的な政権は、一日でも早く終わらせることが、日本の国益にかなうというべきである。安倍総理の再登場などとんでもないというべきだ。


3 「自分は正しい」の安倍・菅政権は日本のリスク

(1)安倍政権にはフェイクを見分ける能力がない

安倍総理は、「自分は正しい」「自分を批判する者は間違っている」ということを前提に職務に就いておられるようだ。だが、政党の党首であれば、それでもよいだろうが、行政の長としてはこのような人物は適さないのである。

また、安倍総理は2015年1月29日の衆院予算委員会で、米国の公立学校で使用されている教科書に南京事件が記載されていることについて「愕然とした」と述べた人物である。また、安倍総理が「すばらしい」と擁護する杉田議員が南京虐殺否定の立場であることもよく知られた事実だ。

現政権には南京虐殺を否定する原田環境相、慰安婦問題を否定する桜田五輪相(※1)、片山地方再生担当相(※2)など、かつての歴史的な事実に目を背けようとする人物が多数含まれている。これらの国務大臣は「フェイク」と真実の区別をつける能力が欠如しているのである。

※1 2016年01月24日 日経新聞で桜田氏は従軍慰安婦について「職業としての売春婦だった。犠牲者だったかのような宣伝工作に惑わされ過ぎだ」と主張している。

※2 片山さつき他「『竹島をあげる』小沢一郎発言の真偽」(WiLL2012年12月号)で、片山氏は「慰安婦問題など存在しない」と明言している。

このように、歴史的な事実を正しく認めることができず、自分は正しいと信じ込む人々が政権を担う状況は、他国との関係においても、我が国にとって大きなリスクだというべきである。


(2)安倍政権には他者の意見を聴く能力がない

安倍政権は、2018年12月、国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を決めた。脱退する理由は、一言で言えば日本の主張が通らないからということである。

自分たちの意見が通らないなら、他人と話をするつもりはないというこの政権の特徴を象徴的に示した事件であった。時事通信によれば、この脱退には安倍総理の意向が強く働いたとのことである(※)。松岡の国際連盟脱退を想起させる愚行としか言いようのない行為である

※ 時事通信 2018年12月27日記事「安倍・二階氏の意向大きく=IWC脱退、外交に冷や水」による。

このままでは、日本はアジアからも国際社会からも見放されてしまうのではないだろうか。安倍総理が、唯一目を向ける国である米国も、その国民は南京虐殺や、従軍慰安婦問題の否定などについて、にがにがしく思っているだろう。

国内でも、沖縄の県民投票で辺野古移設に反対の意思が表明されたにもかかわらず、土砂搬入を止めようとしない。相変わらずマヨネーズを砂で固めようと大金を投入し続けている。米国の利益考えることはできても、国民の意思を聴く耳はないのである。


(3)安倍4選を避けるためにも選挙で意思を示そう

ア 安倍政権を終わりにしよう

我が国のこれからの健全な発展のためには、中国、韓国とも経済的なつながりを持つ必要がある。さらには、世界の多様な国家と、互いを尊重しつつ健全な国交を構築してゆかなければならない。

もちろん、他国に対しても主張すべきはすればよい。しかし、「自分は正しい」、「お前は間違いだ」で、他人の話を聞けず、国際社会との関係を悪化させるだけの安倍内閣では、他国との関係を悪化させ、我が国の利益を大きく損なうことになろう。

安倍内閣は憲法9条改悪を最大の目標としている。だが、安倍内閣がこれまでやってきたことを考えれば、日本の外交・軍事政策は国会ではなくホワイトハウスが決めるのである。

改悪後は、米国の言うままに、中東に爆弾の雨を降らせることになることは眼に見えている。そうなれば、我が国の平和な発展も望めなくなるだろう。

安倍政権は終わりにしなければならない。それが日本の国益にかなう道である。

イ 与党の非主流派と野党が結集して選挙管理内閣の実現を

安倍・菅政権のような、戦後最低(※)のいびつな“ネトウヨ内閣”、“ネオ軍国主義内閣”を生み出したのは、小選挙区制度が最大の原因である。良識派が国会に出てこれず、多数派のいいなりになる連中だけが当選する制度だからだ。

※ 戦後最悪とは言わない。“最悪”と評価するにはあまりにもレベルが低すぎるのだ。しかし、戦後最低の内閣であることだけは間違いないだろう。

今なら、まだ遅くはない。安倍4選を止めさせるためにも、様ざまな選挙で意思を示す必要がある。

石破派が自民党を出て、すべての野党と連携を図り、選挙管理内閣を設置して少数選挙区制度を廃止し、全国を1つの選挙区とする比例代表制に変えることこそが、我が国の進むべき最良の道であると考える。また、今のような選挙運動に課せられた制限もやめるべきである。日本のような選挙運動への規制を行う国は、世界的にも先進国家の中では少数派である。

石破氏が自民党を出るかどうかということは、私が口を出すべきことではないかもしれない。しかし、すでに現在の自民党の状況は、それを考えるときになっているのではなかろうか。

また、枝野立憲民主党代表も、もう少し他の政党との連携に気を付けるべきである。このままでは他党との連携を図ることができなくなってしまうのではなかろうか。小選挙区制度の下では、少数政党が連携を図ることが重要である。そのことを理解できなければ、いつまでも安倍・菅政権のような日本に害をなす政権を打倒すことは不可能である。枝野代表には、そのことに早く気付いて欲しい。