憲法改悪の国家的リスク


自民党は安倍政権、菅政権と憲法の改悪を強引に進めています。

しかし、自民党の現状を見ると、日本を「米国の世界戦略」の下で戦争に引き込まれる危険性を強く感じます。

最近の自民党・公明党など保守の政治家の言動と共に、その危険性を解説します。




1 はじめに

執筆日時:

最終改正:

筆者:柳川行雄


(1)イラク日報の存在の"発覚"

ア 事件の発端

2018年4月2日の夕刻、時事通信をはじめとして報道各社は、WEBサイトにおいて一斉に驚くべき報道を行った。イラク派遣の日報が存在していたと防衛省が公表したというのである。この公表に対して、野党各党は、立憲民主党が「故意に隠していたとしたら大きな問題」、日本共産党が「政府ぐるみで情報隠し、隠蔽をやってきたのかと言われても仕方がない」など、一斉に反発した(※)

※ 時事通信社サイト「故意に隠したなら問題=イラク派遣日報で野党幹部」(2018年4月2日)

もっとも、本件は防衛相が自ら公表したものであり、他から指摘されて認めたということではないので、防衛相の意志で組織的に隠ぺいしていたわけではないと、私個人は(現時点では)思っている(※)

※ 隠ぺいしていたのなら、公文書の書き変えが社会問題化しているこの時期にあえて公表することはないだろう。もちろん、情報が漏洩したことが分かったために、他から暴露される前に自ら公表したという可能性もなくはないだろうが、現時点では、そのような報道はされていない。なお、4月18日に産経新聞のサイトが、(森友、加計問題に関してのことだが)霞が関が恥部を晒して政権に自爆テロをかけたなどと報じたが、あまりにもばかばかしい与太話だろう。

イ 日報はきわめて重要な書類である。

しかし、トップが関与する組織的な隠ぺいでなかったから、重大な問題ではないなどとはいえない。

自衛隊は、我が国の政府は"軍隊"という位置づけにはしていない。しかし、友好国を含めて他国から軍隊とみられているのは隠しようもない事実であろう。小規模な軍事国家の軍隊程度を相手にするなら、短期間で無力化できる程度の戦力は有しているのである。

日報は、そのような戦闘能力を有する組織が紛争地域に派遣されていたときの日々の記録なのである。誰も指摘していないようだが、自衛隊自身にとってもきわめて重要な資料であろうし、さらには、今後、我が国の防衛の在り方を国会が決定するにあたっても、きわめて重要な資料なのである。

ウ 問題はどこにあるのか

そして、それだけ重要な資料であるからには、常識的にみて保有していた部署なり職員なりは、それを保有していることを意識していたと考えるのが自然である。

それを前提に、ここでは2つの問題を指摘しておきたい。ひとつには国家元首である総理大臣によって任命された組織のトップである大臣にそのことが伏せられていたこと、二つ目は、重要な書類を一部の部署や個々の職員が管理していて、他の部署や他の職員がそのことを知らなかったということである。

以下、この2点について詳細に検討しよう。


(2)組織的な隠ぺいでなければ良いのか

ア 文民統制への強い疑念

(ア)誰かは知っていたはず

毎日新聞が4月5日にWEBで配信した記事(※)によると、防衛省からの情報として、「南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題を巡る特別防衛監察が始まり、同PKO派遣部隊の日報を捜していた同27日(2017年3月=引用者)に、教訓課の外付けハードディスク内でイラク派遣時の日報が見つかった。ただ、この情報は当時の稲田朋美防衛相らには報告されず、一部だけで伏せられていた」というのである。

※ 毎日新聞サイト「陸自研究本部の数人把握 一部隊員で隠蔽か」(2018年4月5日)

このことは我が国の国益にとって、きわめて深刻な内容を含んでいる。下手をすれば政権の基盤を揺るがしかねないような情報を、戦闘部隊である自衛隊を管轄する行政機関が、国家元首である総理によって任命された大臣に秘匿していたというのである。

これでは、多くの識者が指摘するように、文民統制の根底に疑問を感じざるを得ないであろう。当時の防衛相個人の管理能力(責任)云々の小さな問題ではない。自衛隊の存在の是非そのものに関わる大きな問題なのである。

(イ)我が国の旧関東軍の独断専行の歴史

我が国は、海外に派遣されていた戦闘部隊が軍中央の制御を無視したことによって、見込みのない戦争に引きずり込まれた苦い歴史・経験を有している。我が国が、日中戦争の泥沼に入り込んだ発端は、関東軍の独走に対して、陸軍の中央の統制がきかなかったことがその根本にあったのだ。そして、そのときから、わずか100年も経ていないのである。

ここで、日中戦争を拡大させたトピックス的な事件を簡単に概説しておこう。まず、1928年に河本大佐ら関東軍の一部将校が、日中全面戦争を企図して、独断行動により張作霖を爆殺した。しかし、このときは、張作霖の後継者の張学良が日本の陰謀を事前に察知していたため、国民党に対して恭順の意志を表し、北伐軍(国民党軍)も自重したことなどにより、不発に終わっている。

すると、1931年に、今度は石原中佐や板垣大佐らが、謀略によって柳条湖事件を引き起こした。独断行動で満州事変を勃発させたのである。しかも、このときは、奉勅命令がなかったにもかかわらず、林司令官が朝鮮軍を独断で中国へ越境させている。これらは重大な軍規違反(統帥権干犯)であった。ところが満州事変が成功裏に終わったこともあり、政府は当事者の処分を曖昧にしてしまう。このため、関東軍の将校たちは、"政府を無視して独断専行しても、結果として成功すれば認められる"という意識を強く持つことになる。

そして、1937年に盧溝橋事件が起きる。現地部隊は当初は事態を収拾しようとし、軍中央も不拡大方針をとった。ところが、満州事変で味を占めた植田や小磯らが、独断で北支への軍事行動を行う。このときは、盧溝橋事件そのものは偶発的な事件であったが、その後の軍事行動は、軍中央の制止を無視した現地部隊の独断行動というべきものなのである。

そして、この北支における軍事行動を契機として、陸軍中央の反対に関わらず、海軍の米内海相らが中心となって、上海、南京、重慶に対する軍事行動を推進(※)する。そして、この海軍の行動を広田外相らが支持するのである。この海軍の行動の理由は、戦果を挙げることによって海軍の予算確保につなげようとしたことにある。まさに、軍人たちが組織の利益を国益より優先させた結果、我が国は勝てる見込みのない戦争に引きずり込まれることになったのである。

※ 笠原十九司「海軍の日中戦争」(2015年)、同「日中戦争全史」(2017年)によると、海軍の軍事行動の契機となった大山事件は海軍による謀略であるとされる。また、トラウトマン工作の打ち切りを強く主張したのも米内海相や広田外相であった。

すなわち、日中戦争の泥沼化の最大の責任者は、米内海相や広田外相など海軍と文官たちであり、陸軍省や参謀本部ではない。しかし、関東軍の参謀たちが参謀本部や政府の統制に従わなかったことが、その契機となったことも事実なのである。

(ウ)戦闘部隊が国会や大臣を無視する事態は国益に反する

この100年足らず前の歴史をみても分かるように、戦闘部隊が国会や大臣の意向を無視するという事態は、国家・国民の安全に対して重大な危険性をもたらすものなのである。

今回、隠された書類は、将来、自衛隊が紛争地に駐屯するようなときには、国家・国民の安全へのリスクを回避するためのノウハウを与えてくれる材料となり得るかもしれないものである。国運を左右しかねない情報が含まれている可能性のあるデータを、国会や大臣から隠すということは、ゆゆしきことだと言わざるを得ない。

そして、なによりも問題なのは、戦闘能力を有する組織を統括する行政機関が、国会や大臣を欺罔するような体質を持っているということなのである。

イ 重要な資料の管理をしない組織は危険である

(ア)日報は、貴重な資料である

次に、別な面からこの問題の重大性を指摘しておこう。これまで自衛隊は、いくつかの紛争地への駐屯を経験している。だとすれば、是非は別にして、客観的にみて、今後もそのようなことがあり得ないとは言い切れないであろう。

そして、戦闘能力を有する部隊が紛争地へ駐留するということは、最悪の場合には我が国の国家と国民の安全を脅かすというリスクを内在していることなのである。偶発的な事件や派遣先住民との軋轢が契機となって、我が国がテロの標的になることもあり得るのだ。また、中東における我が国の企業活動が困難をきたすことも考えられるのである。

それを前提に考えれば、南スーダンやイラクへの駐留は、その後の駐留で問題を起こさないためにも、きわめて貴重な経験だという面があるのである。

南スーダンやイラクで起きたことを分析することにより、今後の海外派兵において、偶発的な事件によって戦闘に巻き込まれないようにするためのノウハウも得られよう。これまでの派遣部隊の経験の記録は貴重な資料となるはずである。自衛隊や防衛省として、将来の海外派兵のための研究をするのが憚られるというのなら、すくなくとも整理して管理はしておくべきだろう。資料を整理して管理することには何の問題もないはずである。

(イ)過去に学ばないことは危険である

ところが、そのような貴重な資料が、調べなければあるかないかさえ分からないような扱いをされているというのである。防衛相が昨年の2月に"見つからない"と言っていたイラク派遣時の日報が、この2018年4月2日になって見つかったと公表され、4日になると、実はこれは昨年の3月に見つかっていたが防衛相には伏せられていたと公表された。さらに、6日になると空自でもなかったはずの日報が見つかったというのである。

さらに9日になると、今度は南スーダンに派遣されていたときの日報が見つかったというのだからあきれる。これは2016年10月に当時の防衛相が"破棄した"としていたものである。このときは、このような重要な資料を破棄したというのはあまりにも不自然ではないかと問題になったものである。そして、13日になると、新たなイラク日報が見つかっている。

しかも、朝日新聞(※)が指摘しているように、日報のうち、とりわけ重要な部分についてはいまだに"発見"されていないのである。

※ 朝日新聞「イラク派遣、全容見えず 日報開示、派遣期間の45%」2018年4月18日

繰り返すが、このような重要な資料がどこかへ紛れ込んで行方が分からなくなっていたり、保管するべき部署で破棄されていたりするようでは、戦闘組織として心もとないとしか言いようがない。また、特定の部署で隠ぺいしていたとしたら文民統制が成り立っていないのである。いずれにしても、自衛隊の存在自体に疑問符がつく事態なのである。

このような過去の経験の記録があるかないかさえ分からないような扱いをしている組織では、仮に、今後、海外派兵が行われるようなことがあれば、行き当たりばったりで行動するのではないかと疑われてもしかたがないだろう。そのような組織が戦闘部隊として、海外の紛争地へ派遣されれば、まさに何が起きるかわからないというべきなのである。

すなわち、我が国の国家と国民の安全にとって、きわめて危険な状況になると言わざるを得ないのである。


2 なぜ9条を改正しようとするのか

ところが、このような状況において安倍総理は、憲法改正を推し進め、自衛隊を、戦力を有する組織として、憲法中に位置付けようとしているのである。

そもそも、小選挙区制という、相対多数が絶対多数を獲得することになる選挙制度の下で(※1で、国会で絶対多数を占めたからと言って、国民の多くが危惧感を持つ(※2)このような政策を推し進めるのも如何なものかと思う。そのことを別にしても、防衛省が国会と大臣を欺罔するような状況が確認された状況で、自衛隊を憲法の中に位置付けるために憲法9条を変えることは正しいことだとは到底思えないのである。

※1 2017年10の衆院選において、自民党は48.2%という半数以下の得票率で、75.4%もの議席数を得ている。しかも、小選挙区制度の下では死票が多くなるので必然的に棄権が増え、結果的に実際の支持率よりも大きな得票率を得ることになる。実際の自民党を支持する率はもっと低いものと考えられる。

※2 朝日新聞の2018年2月28日付「(憲法を考える)改憲と国民の声」によれば、世論調査による9条改正派の割合(%)から9条維持派の割合(%)を減じた値は、2016年の数値でNHK、毎日新聞、朝日新聞で、-20~-40程度と維持派が改正派を大きく上回っている。

本稿では、憲法9条改正が我が国の国益を損なうおそれがあるということを述べたい。そのために、まず、その前に、憲法9条を変えようとする目的について考察しよう。


(1)現状を変えないわけがない

ア 総理の説明

安倍総理は、2017年の憲法記念日に「第19回 公開憲法フォーラム」によせたビデオメッセージで次のように述べておられる。

【安倍首相の2017年5月3日のビデオメッセージから】

例えば、憲法9条です。今日、災害救助を含め、命懸けで24時間、365日、領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く、その任務を果たしている自衛隊の姿に対して、国民の信頼は9割を超えています。しかし、多くの憲法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が、今なお存在しています。「自衛隊は違憲かもしれないけれども、何かあれば、命を張って守ってくれ」というのは、あまりにも無責任です。

私は少なくとも、私たちの世代のうちに、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、「自衛隊が違憲かもしれない」などの議論が生まれる余地をなくすべきである、と考えます。

もちろん、9条の平和主義の理念については、未来に向けて、しっかりと堅持していかなければなりません。そこで「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という考え方、これは国民的な議論に値するのだろうと思います。

確かに、法律の条文が曖昧だが、実務上は判例などによってある解釈に統一されているから、実態に合わせて法律を明確にするという考え方それ自体は理解できないでもない。しかし、安倍総理は、2018年2月5日の予算委員会で「自衛隊が合憲であることは政府の一貫した立場で、国民投票でたとえ否定されても変わらない」と明確に答弁しておられるのだ。

そのため、野党やマスコミは、「であれば、憲法を変える必要などまったくないはずだ」と主張した。私もその通りだと思う。自衛隊が存在しない状況で、憲法9条があると自衛隊を創設できないから9条を変えるというなら分かる。しかし、すでに自衛隊があり紛争地へ駐留までしているのである。9条があっても自衛隊は現実に存在しているのだ。だったら9条を変える必要などあるまい。

そもそも、学者や政党の議論にけりをつけるために法律を変えるなどという話は聞いたことがない。まして憲法においておやである。そもそも9条を改正してみたところで、学者の議論に終止符がつくはずもないだろう。総理の言われるように9条に3項を付け加えてみたところで、次は、憲法の前文との矛盾や、9条1項・2項と3項の矛盾が論争になるだけのことだろう。

イ 政府の自衛権に関する解釈の変遷

そもそも自衛権に関する限り、政府の見解が変遷してきたことは否定しようもない事実である。

憲法制定当時 吉田総理 一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄した
1950年 吉田総理 武力によらざる自衛権を日本は持つ
1954年 鳩山総理 自衛のための必要最小限度の武力を行使することは認められている
1992年 政府解釈 隊員個人の生命・身体を守るための必要最小限の武器使用は、憲法の禁じる武力行使にはあたらない(カンボジアに自衛隊派遣)
1999年 周辺事態法成立
2003年 政府解釈 非戦闘地域での多国籍軍支援は武力行使にあたらない(イラクに自衛隊派遣)
2015年 安保法関連11法成立
周辺事態法は重要事態影響法へ

現行憲法制定当時、時の吉田総理は「自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄した」と明言しておられたのである。自衛隊創設の当時には、自衛隊は「自衛のための必要最小限度を超える実力」ではないと言っていた。そのため、1963年までは「戦車」を「特車」と言い替えて、市民団体やマスコミから揶揄されたものである。

ウ 総理の説明の大きな矛盾

現行の条文の下で安倍総理が言うように「自衛隊が合憲であることは政府の一貫した立場で、国民投票でたとえ否定されても変わらない」というのであれば、改正憲法の下ではさらに進んだ解釈がなされるであろうことは想像に難くない。

現在できていない"何か"をやりたいのではないか、そう推測するべき兆候はきわめて多いのである。


(2)何をやりたいのか

だが、その話はあとに回して、まずは百歩譲って、「現状」に合わせるために憲法を変えるという首相の主張が正しいとすれば、その「現状」とは何かを考えてみよう。おそらく、現時点で、一番やりたいことは、海外における軍事行動であり、施設面では空母の保有ではないだろうか。

もちろん、その一歩手前の海外派兵と「駆け付け警護」はすでに行っている。そしてよく知られているように、"空母のような"艦艇としては自衛隊は護衛艦"いずも"など数隻を保有している(※)

※ 2018年2月23日付朝日新聞「空母化、建造前から想定 護衛艦「いずも」、海自元幹部証言 米戦闘機基準に設計」によれば、「いずもは2000年代後半の基本設計段階から空母への転換が想定されていたことが、当時の海自幹部の証言でわかった」とされている。また、同3月3日付朝日新聞「いずも、F35B搭載『研究』 政権、空母化を想定 野党『専守防衛、超える』」によれば、「小野寺五典防衛相は2日の参院予算委員会で、海上自衛隊最大の護衛艦「いずも」について、最新鋭戦闘機F35Bの搭載も視野に入れた研究を行っていることを明らかにした。事実上の「空母化」を想定したもので、日本政府が憲法上保有を禁じてきた専守防衛の範囲を超えるものとして野党が反発を強めている」とされている。

 護衛艦ひゅうが

※ 自衛隊WEBサイトより

 護衛艦いずも

※ 自衛隊WEBサイトより

護衛艦ひゅうが 護衛艦いずも

これらについて「憲法学者が主張する「自衛隊違憲論」の余地をなく」してしまいたいということがあるのではなかろうか。空母は、第二次大戦初期の日本軍によるハワイ・マレー沖海戦の2大海戦(※)によって、航空機の重要性が脚光を浴び、海軍の主力は空母を中心とする機動部隊となっているのである。

※ マレー沖海戦では、日本側の陸軍航空部隊が、英国のレパルスとプリンスオブウエールズを撃沈している。

ちなみに、第二次世界大戦のミッドウエイ海戦に参加した我が国の正式空母は4隻で、その基準排水量は、赤城26,500トン、加賀26,900トン、飛竜17,300トン、蒼龍15,900トンであった。これに対し、いずもは19,950トンである。また、これらの艦の航行速度は、赤城31.2kt、加賀26.7kt、飛竜34.28kt、蒼龍34.5ktに対し、いずもは30ktである。第二次世界大戦中の大型・中型の正式空母と基準総排水量、航行速度の2点で、まったく引けを取らないのである。

もちろん、その他の戦闘性能は、はるかにいずもの方が高い。仮に、いずもが、第二次大戦中の4隻の空母と戦えば、たぶん数時間以内に4隻とも撃沈されることは確実である。


(3)日本人を守るための軍事行動?

総理は先述のビデオメッセージの中で「領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く」と述べておられる。言葉尻をとらえるつもりはないが、「領土、領海、領空」を守り抜くのはいい。だが、「日本人」を守り抜くというのは、如何なものだろうか。

グローバル化した現在、日本人は世界中に暮らしている。外国にいる日本人を戦闘部隊である自衛隊が守るというなら、他国の主権を侵すことになることは確実である。

1983年、米国がグレナダに進行したとき、その理由のひとつとされたのが"米国民(アメリカ人学生)の保護"であった(※1)。グレナダ政府によって迫害されているというのではない。政変の混乱の中で危険な目に遭っているというのである。このような理由で、外国を攻撃することは、国際法上許されることではない(※2)。ところが、時の我が国の政府は米国の行動を支持している(※3)のだ。

※1 その他の理由として挙げられたのは、キューバ及びソ連のグレナダへの介入、グレナダの民主主義の保護であった。いずれも国際法上、外国へ軍隊を送り込む正当な理由にならないことは当然である。

なお、実際には米国人学生に実質的な危険はなかった。米国の侵攻から米国人学生のいたキャンパスに米軍が到達するまで3日かかっているが、その間、米国人学生で危険な状況にあった者はいなかった。そもそも米国人学生が安全だと知っていたからこそ米軍はキャンパス到達することを後回しにしたのであろう。

※2 国連では、「軍事干渉の国際法違反への憂慮」などのガイアナ、ニカラグアの共同決議案及びベルギー修正案が、賛成108、反対9、棄権27で採択された。ちなみに日本は棄権している。

※3 中曽根総理(当時)は「在留米人の保護と関係各国からの要請でやむをえずああなったことは理解できる」(1983年10月26日付毎日新聞)と、米国のグレナダ侵攻に理解を表明した。

本件について、同年10月29日に提出された野間友一衆議院議員の質問主意書に対して、我が国の政府は、米国による「グレナダ在留の米国民保護のための活動は、国際法上の諸原則によって正当化される」などの説明にある事実関係を前提とする限り、「米国の行動は、国際法上合法と認められると考えられる」と答弁している。

このことは、我が国政府が、外国にいる日本人の安全が損なわれていると考えた場合に、軍事行動をとるおそれがあることを示唆しているとはいえないだろうか。


(4)中東も周辺事態

ア 周辺事態法から重要影響事態法へ

1999年に、我が国で「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」が成立している。この法律は、2015年に「重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」と名称を変えた。

すなわち「周辺」が「重要影響」と修正されたのである。ところで、この法律は1999年に成立した当時から「周辺事態」を「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」と定義していた。

公布日 用語 定義
1999年5月28日 周辺事態 そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態
2015年9月30日 重要影響事態 そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態

これを見れば明らかないように、2015年の改正によって、対処すべき事態の範囲から「周辺の地域における」という限定が除かれたのである。しかも、改正前の当時から「周辺」の定義は明確に示されていなかった(※)

※ 2010年11月25日日本経済新聞によると、(政府は)「周辺事態は「地理的なものではなく、事態の性質に着目したもの」との見解を示しているが、あいまいとの批判は強い」とされている。

イ 当初の周辺事態とは?

「周辺」の定義について、当時の小渕総理は国会答弁の中で「ある事態が周辺事態に該当するか否か、及び我が国が対米協力を含むいかなる活動を実施するかについて、国益確保の見地から、その時点の状況等を総合的に見た上で我が国が主体的に判断するものであります」「さらに、今次のここで御提案されております周辺事態におきましては、あらかじめ生起する地域を地理的に特定できないこと、したがって、このような意味で地理的概念ではない。それで、ある特定の地域における事態につき、これがあらかじめ周辺事態に当たるか否かの質問に答えることは、これは不可能である、こういうことでございます」と仰っておられる。

ところが、その一方で「中東やインド洋、地球の裏側は想定していない」とも答弁していた。しかし、明確に「違う」というのではなく「想定していない」と含みを持たせているわけである。

要は、明確な定義がない状態で、「我が国が主体的に判断する」というのである。これでは、日本に重要な影響を与えるなら、将来的には中東やインド洋、地球の裏側も「周辺」ということになりかねないことは明らかだった(※)

※ ノモンハン事件のときは、国境線が必ずしも明らかになっていない状況で、現地部隊が国境線で明確でない部分は「主体的に」判断せよとの指示を受けており、モンゴル側の"越境"を理由に始まったのである。相手のある外交の世界で「主体的に」と言い出せば、戦闘のきっかけはどこにでもあろう。

ウ 野呂田6事例とは?

また、1999年4月26日の政府見解として「周辺事態」のケースとして挙げられた「野呂田6事例(※)」は次のようになっている。

※ 中谷防衛大臣が、2015年8月21日の国会答弁の中で「大森6事例」と言い間違えて物議をかもした。これは"大森4原則"と"野呂田6事例"を混同したものである。このとき、安倍総理が「まあ、いいじゃん。そういうの」と不規則発言をした。我が国の防衛のトップが、この程度の知識しかないことに対して、総理が「いいじゃん」というようでは、我が国の防衛にかなりの不安を感じると言わざるを得ない。

【野呂田6事例】

  • ① 我が国周辺の地域において武力紛争の発生が差し迫っている場合であって、我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合。
  • ② 我が国周辺の地域において武力紛争が発生している場合であって、我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合。
  • ③ 我が国周辺の地域における武力紛争そのものは一応停止したが、未だ秩序の維持、回復等が達成されておらず、引き続きその事態が我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合。
  • ④ ある国において内乱、内戦等の事態が発生し、それが純然たる国内問題にとどまらず国際的に拡大している場合であって、我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合。
  • ⑤ ある国における政治体制の混乱等によりその国において大量の避難民が発生し我が国への流入の可能性が高まっている場合であって、それが我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合。
  • ⑥ ある国の行動が国連安保理によって平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為と決定され、その国が国連安保理決議に基づく経済制裁の対象となるような場合であって、それが我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合。

問題は6である。ある国が「国連安保理決議に基づく経済制裁の対象となるような場合」は、多いからである。そして、当時の周辺事態法においては、「周辺事態に際して日米安保条約の目的の達成に寄与する活動を行っているアメリカ合衆国の軍隊(以下「合衆国軍隊」という。)に対する物品及び役務の提供、便宜の供与その他の支援措置」ができると定めていた。

エ 旧周辺事態法でできること

ここにいう、支援措置とは、同法別表1に定める行為で、補給、輸送、修理及び整備が含まれる。すなわち、米軍が「国連安保理決議に基づく経済制裁の対象となる」国に対して軍事行動を行っているとき、それに対する補給活動ができるのである。そして、同表の備考によれば、自衛隊の武器を米軍に引き渡すことは許されないが、米軍のものであれば戦闘員や武器・弾薬の輸送もできるのである。

周辺事態法においては、米軍の戦闘員や武器の輸送は「補給」とはされず、「輸送」に位置付けられているが、通常の軍事用語では「輸送」すなわち「輜重」も広義の「補給」の一部である。米軍の側からみれば、慣れていない自衛隊の武器などに頼らなくても、米軍自身の武器を運んでくれればそれでよいのだ。

また、戦闘にとってきわめて重要な物資である水、燃料、糧秣は、自衛隊のものを米軍に供給できるのである。米軍にしてみれば、それらを準備するための自軍の補給部隊を、武器・弾薬の運送に転用させることもできるのだ。

そして、ここで重要なことは、戦争においては、直接的な戦闘行為よりも補給戦の方が重要だということである。戦地で6台の戦車を破壊するより、補給途上にある60台の戦車を積む輸送船を破壊する方が、10倍の効果があるのである。戦争における補給とはまさに、重要な戦争行為の一部なのである

言葉を変えれば、我が国の自衛隊が、米軍の武器・弾薬を輸送していれば、それはまさに軍事行動なのである。"敵"が自衛隊を攻撃してくることは、当然にあり得るし、そのような攻撃は多くの場合、国際法上も問題のない行為である。

分かりやすく言えば、周辺事態法によって、「戦闘行為」は認められていないが、補給などの「戦争行為」はできるようになったのである。

オ 重要影響事態法でできること

さて、重要影響事態法では、周辺事態の「周辺の地域における」という宣言がなくなり、支援の対象は米軍から米軍の同盟軍に広がった。また、米軍等の戦闘員や武器を「輸送」できる場所も、他国(敵国を含めてだが)の領土、領空、領海内においても可能となったのである。

周辺事態法 重要影響事態法
支援の対象 アメリカ合衆国の軍隊 アメリカ合衆国の軍隊及びその他の国際連合憲章の目的の達成に寄与する活動を行う外国の軍隊その他これに類する組織
支援の内容 物品及び役務の提供には、戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備を含まない
物品及び役務の提供は、公海及びその上空で行われる輸送を除き、我が国領域において行われる
物品及び役務の提供には、戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備を含む
物品及び役務の提供は、他国の領土内を含む
補給 自衛隊の武器の提供はできない
水、燃料、食料は可能
自衛隊の武器の提供はできない
水、燃料、食料は可能
輸送の対象として可能なもの 米軍の戦闘員及び武器を含む 米軍及びその同盟軍の戦闘員及び武器を含む

すなわち、重要影響事態法が成立したことにより、他国の領土内での戦争行為が可能となったのである


3 なぜ9条改正に不安を感じるのか

(1)政府の国際感覚のなさ

なぜ、憲法9条改正に危惧の念を感じるのか。それは第一に近年の自民党政権、とりわけ安倍総理に不安を感じるからである。この人に、憲法第9条が改正された後の自衛隊を任せたのでは、国益を損なうと考えるからである。

別に、夫婦相和し(森友学園)、朋友相信じ(加計学園)ておられる安倍総理が、主体的判断で戦争を起こして「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以って天壤無窮の皇運を扶翼すべし」などと言い出すのではないかなどと心配しているわけではない(※)

※ その心配もなくはないが。

国会でも野党に対して不規則発言をとばしてみたり、街頭演説でヤジを受けたときに反発して「こんな人たち」発言をしてみたりと、あまりにも政治家として幼稚すぎて、国際政治の修羅場の中で、他国の海千山千の政治家たちとやりあえるとは思えないのである。

そろそろ、森友、加計問題で"トカゲの尻尾"になって頂いた方が我が国の国益にかなうのではないかという気がしないでもない。それはさておき、安倍総理に対して感じる不安感についていくつか指摘しておこう。

ア 北朝鮮問題

北朝鮮問題について、安倍総理は、徹底して北朝鮮との交渉を拒んでいる。これは、金正恩が核開発を行ったりミサイルを撃ったりしていてくれた方が、選挙に有利という面があったからだろう。しかし、だからといって北朝鮮との関係を完全に絶ってしまうことは、選挙には有利になっても我が国の国益は損なうのである。

ところが、韓国はオリンピックを契機に交渉をはじめ、トランプも北朝鮮との交渉に乗り出した。諸外国の首脳たちは、国際社会の力関係の中で、国益のために利用できるのであれば、悪魔とでも話し合いはする覚悟があるのだ。そして、金正恩は悪魔よりはマシな男なのである。

結果的に、安倍総理の頑なで児戯的な対応のために、我が国は、これらの外交交渉を、指を咥えて見ているしかなくなった。我が国が最も重要視すべき拉致問題についても、協力を韓国と米国に申し入れるしかない状況だ。しかし、韓国は慰安婦問題での日本政府の対応に不満を持っており、拉致問題は慰安婦の問題に比べれば軽微な事件だと思っているのだ。米国も"自国第一"で拉致問題を利用することはあっても、解決に本腰を入れることはないだろう。どちらにしても、拉致問題に真剣に取り組んでくれるとは思えない。

また、核やミサイルについても、米国は自らにとって都合の良いところに落としどころを求めてしまう可能性もあるだろう。そうなれば我が国にとって、悲惨なことになる。金正恩は、4月20日になって、核実験とICBM試射を中止すると宣言した。しかし、これはうがった見方をすれば、トランプへの「今までの分は許してくれ」というサインの可能性もある。場合によっては「日本まで飛ぶミサイルを認めてくれれば、米国本土まで飛ぶICBMは破棄」するというところで、米朝が折り合う可能性もあるのだ。

これらの責任は、よく言えば"原則を大切にする"、悪く言えば柔軟性のない安倍総理にある。あまりにも外交に関して国際感覚がなさすぎるのである。それとも性格的な問題で、自分と意見の合わない者との話し合いができないのだとしたら、これは総理にしておくべき人物ではないとしか言いようがないであろう。

イ 戦闘に関する意識の低さ

(ア)駆け付け警護にみる認識の甘さ

また、我が国政府には、紛争地域で何が起きてるかについて、認識が甘すぎるのではないかと思える節がある。その典型が2016年10月の南スーダンにおける「駆け付け警護」である。

同月25日の朝日新聞に、駆け付け警護の訓練状況が公開されたとの記事が載っている(※)。国連職員を救出するというシチュエーションの訓練だが、自衛隊員が「Go back!」と群衆に命じ、「車の動きにあわせ、盾を構えた隊員7人と小銃を持つ5人が前へ進むと、群衆は後ずさりする。その瞬間、国連の2人を助け出した。小銃は全て下向きのままで、ほかの場面でも武器が使用されることはなかった」というのである。

※ 2016年10月25日朝日新聞「(時時刻刻)駆けつけ警護、限定公開 武器使わぬ訓練のみ」

あまりにも、甘すぎるというべきだ。日本国内の治安活動ではあるまいし、"群衆"がAK47やRPG(※)を持っていたらどうなるかとは考えないのだろうか。「Go back!」などと言っている間にAK47で発砲されれば、歩兵は反撃する前に数人が犠牲になるだろう。また、自衛隊の軽装甲機動車の装甲では、RPGの攻撃を受ければひとたまりもない。

※ AK47は旧ソ連製のアサルトライフル(歩兵用携帯式機関銃)、RPGは歩兵用の対戦車ロケット砲。1993年10月のソマリアにおけるモガデシュの戦闘(ブラックホークダウン事件)では、米軍が、民衆の持つこれらの兵器によってかなりの犠牲を出している。

「駆け付け警護」をやりたいのであれば、戦車や攻撃ヘリを準備しなければ隊員の安全が確保できないのである。現在、多くの紛争地域には、数多くのAK47やRPGが出回っているのだ。

そして、特殊な状況においては、それらの武器を持つ者は「味方ではない者が武器を持っているのを見たらとりあえず撃つ」と考えていることもある。撃たなければ自分が殺されるかもしれないが、撃てば相手が死ぬだけだ。どちらが良いかは考えるまでもないだろう。

それなりの覚悟がない限り、中途半端な武器だけ持たせて、戦闘部隊を紛争地域に派遣するようなことはしてはならないのである。自衛隊員もまた、我が国の国民なのだ。彼らの生命を政争の具にするようなことをしてはならない。

(イ)武器使用基準

自衛隊に武器使用を認めた法令上の規定は、意外に思われるかもしれないが、実はかなりある。とは言え、ほとんどの規定で先制攻撃は認められていない。

もっとも、2018年3月30日にしんぶん赤旗(※)が、情報公開請求で入手したとして報じたところによると、「国連平和維持活動(PKO:原注)の一環として、陸上自衛隊が昨年(2017年:引用者注)5月まで参加していた国連南スーダン派遣団(UNMISS:原注)が、任務を妨害する相手の「先制的殺傷」を含む武器の使用を容認していることが、本紙が情報公開請求で入手した陸自第10次派遣隊の成果報告書(2016年12月11日付:原注)に明記されていました」という。必ずしも正当防衛以外の場合でも武器使用の可能性は否定されていないようだ。

※ 2018年3月30日しんぶん赤旗「PKO「先制的殺傷」容認」

多くの他の国家と同様、我が国においても交戦基準(ROE)は公表されていない。だが、カンボジアへ自衛隊が派遣されたとき、アサルトライフルに弾倉を取り付けても、薬室に弾丸を装填してはならないとされていると報道されたことがあった。

アサルトライフルで弾丸を発射するためには、弾倉(マガジン)を取り付けた後で、遊底(ボルト)を引いて薬室に初弾を装填しなければならない。その後は、引鉄(トリガ)を引くと2弾目以降は自動で薬室に送り込まれる。

通常、戦闘中は弾倉の弾を撃ち尽くしたりはしない。少しでも弾丸を撃ったら、余裕があるときに弾倉を取り換える。これは残弾があれば遊底を引かなくても薬室に弾丸が入っているからである。弾丸を撃ち尽くしてしまうと、次に弾倉を取り換えたときに、遊底を引かなければならなくなる。わずかな時間ではあるが、その間に敵に襲われると反撃できないからだ。

世界中のどんな国の警官や軍人たちも、弾倉を付けたときは、必ず薬室に弾を送り込む。そうしないと不意を打たれたときに、反撃できないからである(※)

※ 日本の警官は、薬室に弾丸を装填していない。

(ウ)自衛官の安全についての政府の意識の低さ

このようなことにも、政治家たちの戦闘に対する意識の甘さが見られるが、その根底には自衛官の生命を守らなければならないという意識の低さが感じられるのである。

戦闘の行われている地域には自衛隊を派遣することはないと政府は言うが、そのとき、戦闘が起きていなくても、紛争地域ではいつどんなことが起きるかわからないのである。戦闘の起きない保証などどこにもないのだ。

前の防衛大臣のとき、戦闘とは「国家または国家に準ずる組織(国準)間の紛争の一環として行われる人を殺傷し、または物を破壊する行為」だと言ったことがあった。冗談ではない。ブラックホークダウン事件で、米軍が多数の死傷者を出したとき、米軍の戦闘の相手はソマリアの民兵や武装市民で、国家または国家に準ずる組織などではなかったのである。

かつて、安倍総理はISを「国家ではない」と言ったことがある。確かに、アルカイーダもISも国家ではないだろう。だが、そうなると彼らと米軍が戦っている場所は戦闘地域ではないし、彼らと闘うことも戦闘ではないということになる。

シリアの内戦も、アサド政権軍と反政府勢力の間の戦闘は、反政府側が国家または国家に準じる組織ではない以上、戦闘ではないことになる。

現実は、発見された南スーダンの日報にも「戦闘」という言葉が書かれていたことからも分かるように、自衛隊は、政府解釈の戦闘が行われている地域には派遣されたことはないかもしれないが、一般的な意味での戦闘が行われている地域には派遣されていたのである。

ウ 小泉総理のイラク攻撃支持

2003年の米国によるイラク攻撃に際して、当時の小泉総理は「武力行使なしに大量破壊兵器が破棄され得ない状況のもとでは今回の行動を支持することが国家利益にかなう。撤回する意思はない」(※)と国会で述べている。

※ 2003年3月20日朝日新聞「小泉首相「米国支持が日本の国益」 衆参本会議代表質問」

しかし、イラク攻撃は、米国はその理由として、フセインがアルカイーダのメンバーを保護していること及び大量破壊兵器を保有していることを挙げていたが、現在では、双方ともフェイクだったことが明らかになっている。

実際には、フセインとアルカイーダは敵対関係にあった(※)。フセインが匿っているとされたザルカウイは、米国が飛行禁止区域に設定していたクルド人地域に潜伏していたのである。皮肉なことに、実質的に米国が保護していたような形だったのだ。しかもヨルダンの不良青年にすぎなかったザルカウイを米国がイラク攻撃の理由に挙げたため、ばかげたことに彼はイスラム原理主義者の間でリーダー的な位置に祭り上げられてしまった。彼の下に多くの原理主義者が馳せ参じ、これが後のISに発展するのである。

※ さらに、付け加えるなら、その後アルカイーダのザワヒリとザルカウイの関係も冷え込んでいった。

さらに、米国がフセイン政権を倒した後、バース党員をイラクの政財界からパージしたため、生活の糧を失ったバース党の軍人や官僚がISに合流して、巨大勢力となり、その後の国際社会に深刻な悪影響を与えることになるのである。要は、ISは、結果論ではあるが、米国が育てたようなものだったのである。

小泉総理(当時)は、このイラク攻撃を絶賛した。しかし、その絶賛こそ我が国(と同盟国である米国の)国益を損なったと言うべきであろう。なお、大量破壊兵器がイラクで発見できなかったとき、「フセインが見つからなかった(※)からと言ってフセインがいないとは言えないのと同様、大量破壊兵器が見つからないからと言って大量破壊兵器がないとは言えない」と主張して、国民から我が国の総理大臣の知能レベルに不安を持たせるというおまけまでついたのである。

※ その時点ではフセインは国内で逃亡しており、米軍は彼の身柄を拘束できていなかった。

エ 歴代政権の米軍追随の動き

また、本年4月14日の米軍によるシリア爆撃に当たっても、安倍総理は「化学兵器の拡散、使用は絶対に許さないとの米国、英国、フランスの決意を日本政府として支持する」と述べている。

要は、日本の政府は、米軍による戦争行為を逐一支持してきたのである。しかし、このような米軍の戦争行為を逐一支持することが我が国の安全を損なうおそれがあることは、米国、フランス、ベルギーにおけるテロ行為の発生を見れば明らかであろう。

米国、英国、仏国は、他国を攻撃するときは正義や人道上の理由を口にする。だが、1994年にルワンダでフツ族がツチ族(及び親ツチ的なフツ族)を虐殺していたとき、彼らは見て見ぬふりをした(※)。このとき、フランス軍はルワンダに駐留していたが、現地部隊が虐殺を止めさせようとしたのを、フランス政府は禁止したのである。

※ さらに言えばイスラエルがパレスチナに対して行っている、一般市民や子供たちに対する虐殺も不問に付されている。イスラエルは、パレスチナ側から(ほとんど効果のない)攻撃を受けるたびに、パレスチナを攻撃してきたが、その際に学校を攻撃して子供たちを殺害する傾向がある。

この違いはどこからくるのだろうか。ルワンダには米国や仏国の利権は存在しておらず、石油も出ないということ以外に、何かの理由があるのだろうか。


(2)日報問題にみる意識の低さ

そして、ここへ来て最初に見た日報問題である。これについてはすでに述べたので繰り返すことはしないが、貴重な資料を適切に管理することもなく、組織として扱うこともなく、何よりも総理大臣から選任された大臣に対して隠ぺいするような組織は、国家の命運を任せるほどの信頼をすることは困難だとしかいいようがない。

しかも、先述した朝日の記事にも指摘されているように、533日分(全体の53%)は開示されておらず、宿営地にロケット弾が着弾した日や、投石があったとされる日、陸自の車列がデモ隊に囲まれた日は、いずれも開示されていない日なのである。

これでは、誰かが重要な部分については、意図的に隠したか破棄したと考えるのが自然であろう。やはり、このような疑念がある以上、憲法9条を改正して自衛隊を憲法の中に位置付けることは、我が国の安全に重大なリスクをもたらすと考えざるを得ないのである。


4 9条改正は我が国の国益を損なう

(1)現行9条は我が国防衛の支障となっていない

これまでに説明してきたように、現行憲法の中であっても、我が国の政府の自衛のための戦力に関する解釈は大きく変遷してきている。最終的には地球の裏側と言ってもよいような地域に、武器を要した形で派遣されてさえいるのである。すなわち、自衛隊は、現行憲法の下で我が国の領土を守る以上のことを行っているのである。

また、航空自衛隊の航空機は空中球の能力を有しているし、海上自衛隊には空母型の護衛艦も存在している。保有していない兵器は、原子力潜水艦や大陸間弾道弾などの、世界大戦でも起きない限り必要とならないようなものばかりであろう。

このことは、現行9条があることは、我が国の領土の防衛のためには、なんらの支障ともなっていないということを明確に示している。


(2)そもそも我が国領土への攻撃などあり得ない

また、そもそも我が国領土に対して他国が攻撃を加えるようなことは、現在の状況下では、あり得ないと言ってよい。そんなものがあると考えるとすれば誇大妄想である。

ア 軍用機の領空侵犯はほとんどない

また、我が国の領土へ、外国の航空機が侵入したことは、ベレンコの亡命事件を含めても数えるほどなのである。よく、WEBなどで、周辺の社会主義国家から日常的な領空侵犯受けているようなことが書かれていることがあるが、これは領空に対して近づいてきた航空機に対してスクランブル発進をしているだけで、領空に外国軍用機が侵犯するようなことはまずないし、あってもミスによるものがほとんどである。そのような場合は、外交ルートを通じて謝罪が来ることもあるし、我が国から抗議することもある。

逆に、米軍機が社会主義国の領空ぎりぎりまで近づいてスクランブルをかけられることはよくあることで、お互い様の日常的な行為なのである。軍事的な危機などではないのだ。

イ 領土問題は軍事的に解決するべき問題ではない

我が国は、ロシアとの間に北方4島(及び千島列島)、韓国・北朝鮮との間に竹島、中国・台湾との間に尖閣諸島という領土問題を抱えている。このうち北方4島はロシアが実効支配をしており、竹島は日本が実効支配をしていたが、第二次大戦後の占領期に占領軍の指令(※)によって我が国の施政権から切り離されたため、現在は韓国が実効支配をしている。

※ SCSPIN第677号による。韓国が戦後のどさくさに上陸して占領したというのは事実ではない。

北方4島と竹島の問題は、外交によって解決するべき問題であり、軍事的に解決するべき問題ではない。それは、得られる利益に比して、あまりにも大きな代償を払うことになるからだ。

一方、尖閣諸島は日本がかろうじて実効支配をしている。こちらは中国と台湾の軍民の艦船が挑発、領海侵犯を繰り返している。だからといってこれも、軍事的に解決できるようなものではない。"強力な軍事力を持てば挑発を受けない"などと主張する向きもあるが、中国に対して挑発を躊躇させるような軍事力など持てるものではない。彼らは、かつてのソ連にさえ国境問題では挑発を行っていたのである。

やはり外交でなんとかするしか方法はないのである。

ウ 日本へ侵攻するようなことは考え難い

また、現在の情勢下で、日本本土への侵攻行為をどこかの国が行うことなど到底考えられない。そのような軍事力(能力)を有している国家は、米国以外にあり得ない。

しかも、そのようなことをすれば、その国は外交的に重大な悪影響を受けることになる。日本と外交関係を結んでいる国は多い。それらの国のうち少なくない国が、国連の非難決議に加わるだろう。また、外交官の追放、国内財産の凍結、果ては輸入停止などの制裁措置を行うことになるかもしれない。

そして、日本に侵入してみたところで、得られるものはほとんどないのである。確かに日本はGNPで世界有数の国ではあるが、レアメタルが出るわけでもなければ石油が出るわけでもない。GNPは製造業や第三次産業に負うところが多いのである。そして、他国に占領されたとたん、他国からの原料供給はストップし、製造業は停止するだろうし、第三次産業も同時に破たんするだろう。

要は、日本を軍事的に占領してみたところで得られるものは何もないのである。


(3)9条改正は、他国への軍時行動の閾値を下げる

一方、我が国の政府は、自衛隊を数次にわたり、武器を持つ自衛隊を紛争地に派遣してきた。戦闘が行われている地域には派遣しないと明言しているが、その戦闘とは国家またはそれに準じる組織同士の戦いのことだという。すなわち、内戦で、武装勢力同士や、武装勢力と国家の正規軍が、戦車、戦闘機、武装ヘリ、ミサイルなどで戦っているような地域なら、自衛隊を派遣すると言っているようなものである。

また、実際に、近代戦で最も重要な"兵站"すなわち補給の任務に自衛隊を就かせてきたのである。

しかも、米国が他国への攻撃を繰り返すたびに、我が国政府はこれを支持することを繰り返してきた。その中には、どうひいき目に見ても国際法上問題がある、イラク攻撃とグレナダ侵攻が含まれている。とりわけイラク攻撃では、その結果、ISが台頭して、イラク・シリア両国民に多大な被害を与えたばかりか、フランス・ベルギーなどでのテロ行為で、我が国の友好国の国民が多数死傷しているのである。

もし、ここで、9条を変えるならば、これまでの我が国の政府の行動パターンから考えて、他国での戦闘行為に自衛隊が参加する可能性が高まることは目に見えている。


(4)中東での軍事行動は中東諸国民の反感を買う

ア 米国に対するアラブ政権の態度

我が国の自衛隊が、将来、アラブ諸国での米軍の軍事行動に参加するようなことになれば、アラブ諸国の半日意識が高まり、我が国の国益は大きく損なわれるだろう。

このように言うと、現時点で考えればアラブ各国の政権は親米と反米に分かれているという反論があるかもしれない。確かに、サウジアラビアを筆頭に、米国の友好国もおり、米国のアラブにおける軍事行動を支持している政権も存在している。

だが、基本的なところでは、ほとんどのアラブ国家の政府は米国を信じてはいない。また、同時にイスラエルについても、不信感を有しているのである。米国は認めないだろうが、新米国家は、政権が自らの利益のために米国につながっているだけなのである。国民は必ずしも親米とは限らない。

基本的なところでは、アラブは米国がアラブ国家において軍事行動をとっていることに反感を有しているのである。

イ カンボジアとベトナムの関係との類似

そして、多くのアラブの国民は、米国がアラブにおいて多くの一般国民を殺害してきたことを忘れてはいない。彼らは、ISがアラブの一般国民を殺害したり、極端なイスラム原理主義を押し付けたりしたために、ISに対して嫌悪と恐怖を感じている。そのため、米国によるISへの攻撃を容認してはいるが、積極的に指示しているわけでもない。

これは、ポルポトとベトナムに対する、一般のカンボジア人の感情と似ているかもしれない。ポルポトは多くのカンボジア人を殺害したため、カンボジア人にとって恐怖の対象となっていた。ポルポトが中国の支援を受けてベトナムに対して攻撃を加え、ベトナム軍がカンボジアへの自衛反撃を行ったとき、カンボジアで一斉に蜂起が始まった。

このため、ベトナム軍は蜂起した政権の要請で、カンボジア全土に布陣したが、カンボジアの一般国民はとベトナムに対してやはり反感を有していたのである。

ウ 中東で米軍の軍事行動に加わることは中東での反感を買う

忘れてはならないが、米国は人道を理由にアラブ国家に対して、繰り返して攻撃を加えてきた。そのために、多くのテロリストや政府とは無関係な人々が巻き添えで殺害されてきたのである。

例えば2018年4月、米軍はシリアの毒ガス工場を攻撃した。米国は毒ガス関連施設のみを攻撃したと言っている。だが、その工場の工員や下級管理職にも、親や子、兄弟、配偶者、兄弟姉妹、友人、恋人達がいるのだ。彼らは米国に対してどのような感情を持つだろうか。

考えて欲しい。我が国の軍事産業の工場の製品によって、どこかの国の市民が殺害されたとしよう。そのとき、無関係な超大国のミサイルが我が国の工場を攻撃して、工員や下級管理職を殺害したとしたら我が国の国民はどのように感じるだろうか。また、あなたの大切な人がその犠牲者だったとしたらどのように感じるだろうか。

米国がやっていることは、結局はそれと同じことなのである。そして安倍総理や小泉元総理は、その米軍の行為を支援してきたのである。このような行為は、中東における国民の反感を強く受けることになり、ひいてはそれが我が国の国益を損なうのである。


(5)自衛隊の海外派遣で得られるものは小さい

しかも、自衛隊の海外派遣で得られるものは何だろうか。せいぜい、米国からの"誉め言葉"と、政治家たちの自己満足に過ぎないのである。それで、日本が困ったときに、"自国第一"の米国は日本を助けてくれるようになるのだろうか。

日本に外国が攻め込んできたとき(※)に、米国はその侵略国歌からの核ミサイルを受けるリスクを覚悟した上で、その侵略国と闘ってくれるのだろうか。私には、とてもそうは思えない。

※ 実際にはそんなことがあるとは思わないが。

実際には、米国の世界戦略の一環に協力するために、基地を提供し、多額の予算を提供しているのは、日本の側なのである。


(6)我が国の保守層や経営者は9条改正に危機感を持とう

現時点で、憲法9条の改正に反対しているのは、我が国では革新勢力が中心となっている。一部の保守層も懸念を表明してはいるが、安倍総理への遠慮なのか、声が地裁ように思える。

だが、憲法9条が改正されれば、安倍政権又はその後継政権が、中東その他の地域での米国の軍事行動への参加に踏み切る可能性は、これまでの我が国政権の行動パターンから見て否定はできないと思う。

これまでは、9条がその歯止めになってきた。だが、これからは違うだろう。小選挙区制度の影響で、自民党は相対多数の支持さえ得られれば、国民の過半から支持を得ていなくても、国会では絶対多数を維持する可能性が強い。また、少なくない若者が、左右に分裂する中で、ネットの中での右翼的な言動に、自民党が影響を受けるおそれはあろう。

もし、戦闘行為に日本が参加すれば、我が国は再び、大きな混乱状態になることも考えられるのである。それは、我が国の経済発展に深刻な悪影響を与えるかもしれないのだ。

また、中東を中心とする我が国の現地企業などの営業に重大な支障をきたすことも考えられる。

我が国の保守層や経営者にとって、真剣に9条改正について考えるべき時が来ているのではなかろうか。残念ながら、我が国の政府は、外交の分野ではいささか信用できないなさけない状況にあるのだ。


5 終わりに

私は、フランスの首都パリ市へ4度、行ったことがある。1度目はかなり前の新婚旅行のときだが、その後、シャルリー・エブドのテロ事件の直前、同テロから2015年の同時多発テロの前の期間、同時多発テロの直後の3度に渡って、パリ市を訪れている。なお、最後のときは、まだ非常事態宣言が出されていた期間である。

パリへ行ったのがこのような時期になったのはまったくの偶然だが、テロの発生によって、街の様子が変わってゆくのを肌で感じる貴重な経験をすることができた。

2015年1月のシャルリー・エブドに対するテロまで、空港や街頭には警察官しかおらず、しかも非武装だったが、このテロ以降はさすがにマシンガン(アサルトライフル)を持った憲兵を、ごくまれにではあるが見かけるようになった。

最後の同時多発テロの直後のときは非常事態宣言下ではあったが、厳戒態勢下というような雰囲気はなく、私の経験でも、せいぜいマークス&スペンサー(大型の商業施設)の入り口で鞄を開けて見せるように言われた(来客全員にそうしている)程度である。一度、サイレンを鳴らしたかなりの数のパトカーが道路を猛スピードで飛ばしていくのを見たことがあるが、沿道のパリ市民はとくに驚いたような様子もなく、落ち着いていた(たぶん慣れているのだろう)。

だが、パリで見かける日本人の数は、目に見えて減っていった。外国人観光客が減ることで、パリ市経済はかなり悪化していることが肌で感じられるようなこともあった。フランスとしてもなんとか景気を回復しようと努力はしていた。空港や商業施設で担当者が日本語の片言を話したのに驚いたものである。

だが、これらは、結局、フランスによる軍事行動などが原因となっているのだ。我が国も、9条の問題は、たんなる自衛隊員の意識などということではなく、海外派兵の危険性という観点から考えるべきである。