アベノマスク問題の総括


アベノマスクの問題は、まさに自民党政府の危機管理能力のなさを露呈する象徴的な事件でした。

たんに不要なものを製造したというのみならず、他人の意見を聴けず、誤りを改めることもできず、さらにはばかげた言い訳までして国民をあきれさせました。

利権が絡んでいたとの指摘も出ています。この問題をここで振り返ります。




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1 発想は間違っていなかったが・・・

執筆日時:

最終修正:

筆者:平児

安倍前総理の退陣以降は、あまり話題にならなくなったが、政府が新型コロナ対策の目玉として打ち出したアベノマスクは、国民の間から強い批判を受け、一時は政権の土台が揺らぐところまでいった。いったい何が問題だったのだろうか。すでに、安倍氏は政権トップを去ってはいるが、振り返ってみるのも無益ではないだろう。

当時、マスクは世界的に払底していた。そのためだろうが、政府は健常者にはマスクを着けることの感染予防の効果は低いと広報していた。​しかし、それを言葉通り信じる国民はほとんどいなかった。感染しても無症状のケースがあり、その場合でも感染力はあるというのだから、外出等の際には全国民が常にマスクはしていた方が良い。後に政府も方針をあっさり変えたことからも分かるように、そう考える方が合理的だったのだ。

そのような中で、政府は、国民に対してマスクを供給しようとしたのである。自らの主張とやや矛盾してはいたが、その発想そのものは間違いではなかった。では、何が問題だったのだろうか。


2 あまりにも拙速にすぎた​

(1)自分の能力を根拠なく過信していた

そもそも、マスクが払底していたということは、マスクメーカやマスクを製造・輸入する気のあるメーカにとっては、千載一遇のビジネスチャンスでもあったはずだ。彼らも、必死でマスクの供給を図ろうとしていたのである。そして、それは国民にとっても有益なことであった。

問題は、政府が彼らよりも早くマスクの供給をすることが本当にできるのかということについて、政府の考えが及んでいなかったと思われる節があることなのだ。

結局、政府は民間よりも遅かったのである。政府がマスクを配り始めた頃には、民間製の良質なマスクが入手できるようになっていた。政府の「善意」は分からなくもないが、政府のマスク供給は必要がなかったのである。

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(2)製品の有効性について検討しなかった​

当時、WHO はいかなる意味でも布製のマスクは推奨しないと宣言していた。すなわち、布製のマスクは、その効果に疑問があったにもかかわらず、「洗って使える」という理由だけで布製のマスクを採用したのである。しかも、その形状たるや小学生の給食マスクと揶揄されるような形状だった。鼻が出てしまうのだ。

これでは、ダメナマスクと国民からそっぽを向かれるのは当然だった。SNSでは、竹槍で B29 に立ち向かえと言うのと同じではないかという批判が出た。これも当然であろう。

政府は、すべての政策について、予めその効果を予測・検討するのが当然であろう。ところが、それが行われていなかったのである。これでは、批判を受けて当然だった。

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(3)発注先について国民の疑惑が生じた

さらに、政府の隠ぺい体質が国民の疑惑を招いた。当時、すでに森、加計、桜と、安倍政権の清潔さに対する国民の信頼感は地に落ちていた。政府は、当初、発注先や契約内容について、頑強に公開しようとしなかったのである。

そして、ようやくそれが公開されてみると、一流の企業の他に、町工場としか思えないような企業が含まれていたのである。その企業の写真が SNS ですっぱ抜かれると、その工場には与党の公明党のポスターが貼られていた。しかも発注先を決めるに当たって入札をしていないというのである。

このことで国民の疑惑は一気に高まった。当然であろう。与党を支持する企業への利益供与がその背景にあったと考える方が自然である。

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(4)汚れや虫が付着していた

しかも、実際にマスクが配布されてみると、汚れのあるものや、虫の死骸が付着しているものなどがあることが分かったのだ。これは、写真がSNSで流布しており、政府も認める結果となった。

国民にしてみれば、だったら製造メーカに損害賠償をするべきだと考えるのは当然である。マスク製造の原資は国民の税金なのだ。

ところが、信じがたいことに、政府はそれをしないのである。どのメーカが製造したものか分からないというのが理由だった。あまりにも馬鹿げた理由だった。一般企業でも独自に設計した製品を複数の企業に発注することはある。しかし、その際、どのメーカが製造したかを分かるようにしておくのは常識である。それをしていなかったというのだ。そこに何かの意図を感じたとしても不思議ではない。

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(5)バカバカしい効果の説明​

さらに最後に、国民をげんなりさせる「説明」をする。

黙っていれば良いものを、政府は、アベノマスクが流通したことによって、一般のマスクの価格高騰が抑えられたと主張したのである。

このことは、当然のことながら政府に対する国民の不信感を高めただけだった。

国民が、一般のマスクを使用せずにアベノマスクを使用していたというならそのようなこともあろう。だが、アベノマスクなど国会中継時の安倍総理など数人の閣僚が使用していただけであり、彼らも国会審議が終わると外していたと報道されている。

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誰も使っていないのに、市中のマスクの価格が下がるわけがない。小学生にでも分かる理屈だ。政府は、わざわざ恥をかいたのである。


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3 政府のリスク管理能力には疑問符がつく

アベノマスクの配布は、ある意味で政府がコロナ対策と国民の不安解消のための努力の表れと言えるのかもしれない。しかし、結果的に、政府にはその程度の能力しかないということを国民に知らせることとなったのである。こう言っては何だが、マスクがないからマスクを配ろうなどという思い付きだけなら、政府機関の1年生の新人職員でもできる発想なのである。

問題は、それをどのように速やかに国民に届けるのか、より感染予防の効果を高めるためにはどのようにするのかを検討して実行するという、政府として当然のことができていなかったことなのである。

さらには、不良品の納入があったにもかかわらず、メーカに対する損害賠償さえしない。これでは利権がらみと国民が考えるのは当然だろう。森友、加計、桜と安倍総理の公私混同ぶりに大きな疑惑が存在している。決して清廉潔白な人物が政府のトップにいたわけではないのである。


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4 最後に

コロナ禍が発生したとき、野党は一貫して広範なPCR検査と、補償と一体となった自粛を要求してきた。補償については、政府は野党の要求を一部受け入れたものの、PCR検査は不十分なままである。

しかも、感染者数が拡大するまでGoTo を推し進め、さらには五輪まで実施するとしている。

残念ながら政府には、国民の生命を守ろうという意識レベルは、アベノマスク水準としか言えないのかもしれない。