臨検監督業務の民間委託


2017年4月に報道各社が報じたところによると、規制改革推進会議が、労働基準監督官の行っている臨検監督業務を民間委託するためのタスクフォースの設置を決定しました。

本件は、その後、実施しない方向となっていますが、極めて重大な問題を内包してます。

このような考え方が出てくる問題点について解説しています。




1 はじめに

執筆日時:

最終修正:

筆者:柳川


(1)規制改革推進会議における議論の経過

報道各社が3月上旬に一斉に報じたところによると、規制改革推進会議は、労働基準監督官の行っている監督業務を民間委託するためのタスクフォースの設置を決定したとのことである。ただし、これらの報道は、あまり大きな扱いではなかったため、意外に気付いた方は少なかったかもしれない。

3月9日の規制改革推進会議終了後の太田議長の記者会見によると、この日の規制改革推進会議において、監督業務の民間委託について、八代委員より資料が提出され、その検討のためのタスクフォースの設置が決定されたとのことである。

なお、タスクフォースの設置については、以前から議論されており、八代委員がタスクフォースの主査になることが決まっていたため、八代委員より資料が提出されたものである。

この資料には次のように記されている。

【八代主査提出資料より】

労働基準監督官が定めた様式の定期監督業務について社会保険労務士等の資格者を雇用する民間事業者に委託することで、本来の基準監督官をより重大な違反の可能性の大きな申告監督業務に重点的に配置できるのではないか。

  • ・ 特別法で公務員と同じ権利義務を民間事業者にも義務付け
  • ・ 民間事業者の守秘義務、公正な監査
  • ・ 民間事業者による監査への妨害行為には業務執行妨害の適用

そして、3月16日に第1回のタスクフォースが開催され、厚生労働省による説明が行われている。なお、このタスクフォースの議事録は、すでに公開されている。

この日のタスクフォースにおいて、厚生労働省は提出資料の中で、次のように述べて懸念を表明している。

【厚生労働省提出資料より】

委託を受けた民間事業者が任意の調査を行い、問題がある場合に労働基準監督官に取り次ぐ場合、 調査から労働基準監督官による指導までタイムラグが生じることから、その間に証拠帳簿の隠蔽等不適切な行為がなされる可能性がある。また、迅速な労働者保護が行えない蓋然性が高い

なお、厚生労働省としても、社会保険労務士(社労士)や民間企業OBなどの能力を、労働基準行政において活用することまで否定しているわけではない。あくまでも、"監督業務"について民間人を利用することについて懸念を表明しているのである。


(2)関係団体の反応

また、全労働省労働組合は、3月14日に「労働基準監督業務の民間委託の検討に関する意見」を公表し、反対を表明している。

【全労働省労働組合の意見】

(このような制度は)労働者の権利保障を脅かし、公正な行政運営を損なう

※ カッコ内引用者

また、全国社会保険労務士会連合会は4月6日のヒアリング資料において、まず、委託事業は民間事業者である業者を介在するのではなく社労士が直接受託するべきであるとしている。

そして、その上で、「仮に任意の立入りが拒否された場合に労基署に通報する制度があれば、使用者側に受入のインセンティブが働くと考えるか」という問いに対して、次のように回答している。

【全国社会保険労務士会連合会】

  • 〇 労働基準監督署と連携して、任意に立ち入ることを可能としても使用者側の意識改革が伴わなければ、実態的効果に結びつかない。
  • 〇 最終的には、強制力を伴う監督(取締・送検)は労働基準監督官の業務である。
  • 〇 社労士が有する知識、能力、実務経験を活用した相談、指導業務を推進することによって、使用者側に受け入れるインセンティブが働くものと考える。

要は、社労士の位置づけは、強制力を伴う監督にはなじまず、その能力は、相談、指導業務によって活かされるべきというのであろう。そして、社労士による事業場への支援(相談、指導業務)を強制したとしても、使用者側の意識が変わらない限り役には立たないというわけである。

すなわち、直接反対を表明しているわけではないが、私の個人的な感想を申し上げれば、「社労士を活用して頂けるという発想には感謝するが、社労士の役割を誤解しており、ありがた迷惑」と主張しているといった印象を受ける。

一方、大手の報道各社は、現時点においてはたんに事実関係を報じているだけのようである。

WEBにおいては、多くの社会保険労務士(社労士)が賛意を表明しておられるが、一方で懸念を感じておられる社労士の方もおられる。


(3)私(筆者)の立場

私としては、行政を退官した以上、行政の在り方についてあれこれと言及することは避けるべきだとは思っている。また、社労士試験に合格した者としては賛意を表明するべきなのかもしれない。

しかしながら、この問題については、強い懸念を感じざるを得ない。この問題に関して、私が、なぜ懸念を感じるかについて、あえて述べておきたいと思うものである。


2 なぜ監督業務の民間委託を懸念するのか

(1)発注制度上の問題

先述の八代主査の提出資料によると、現時点では、個々の社会保険労務士に対して国が直接委託するのではなく、"社労士を雇用する民間事業者"に委託することが考えられている。ここで、"社労士を雇用する"とある以上、社労士法人である必要はないのである。そして、"民間委託"というからには、株式会社など営利企業も含まれるのであろう。

そして、最近の国の委託の在り方から見て、委託先は一定の条件を定めて、企画書と価格で落札する方法(総合評価落札方式(一般競争入札))で決定する可能性が高いものと思われる。そうなると、企画書を作成する能力が高く、かつ安価な価格(※)で応札した事業者が必然的に受託することになるだろう。

※ 安価な価格で応札することが悪いとは言わないが、公益に反するようなことをする企業が、安価に受注するようなことも考えられるのである。

しかし、報道各社がほとんど報道しないため、一般国民にはあまり知られていないが、総合評価落札方式にはある種の弊害があるのだ。

まず、入札制度の下においては、落札した企業は、良い仕事をしたからといって、次年度以降の受注につながるわけではないのである。次年度もまた、企画書と応札価格によって受注先が定まることになるのだ。このため、良い仕事をしようというインセンティブが出にくいのである。むしろ、できるだけ安く上げた方がよいということになりやすい。

しかも、落札するために、できるだけ安価な価格で受注しているケースが多いのである。その状況で赤字を出さないためには、とにかく安価に業務を行わなければならない。そうなると発注の仕様書に記載されている"数値"は守らざるを得ないものの、発注書に記載されにくい"質"の方はおろそかにされやすいのである。

本件の場合、低い価格で落札し、"社労士が監督を年間に〇〇件行う"というような仕様書で定められた実績だけあげておこうとする企業が落札する可能性が否定できないのである。低い価格で落札するためには、試験に受かったばかりで経験もなければ、自ら仕事を受けることもできないような社労士を、低い条件で、1回につき〇〇円という形で委託契約すればよい。もちろん、社労士に対する教育などすることもない。

入札制度の下では、質の高い優秀な社労士を適切な条件で雇用して、適切な業務を行おうとする法人は、赤字覚悟で行政との関係を確保するために受注するというような場合を除き、落札することが困難なのである。

また、安価に仕事を進めるために、一人の社労士が、きわめて短時間で事業場の"監督"を行って、仕様書に記載された監督の件数だけを確保するというようなことも起こり得よう。

これを避けるためには、発注の仕様書に監督の"質"が明示されなければならない。しかし、監督の"質"は、監督官の素養、知識、経験、意欲、意識などの能力によって定まるのである。そして、これを仕様書に表すことはきわめて困難であろう。

委託先の"民間事業者"が、全国で1社又は数社程度になるのか、都道府県などの単位ごとに1社又は数社程度になるのかは分からない。しかしながら、一定の監督数をこなすためには、後者にならざるを得ないだろう。

すなわち、かなりの数の民間業者が監督業務に参入してくることになる。数が増えれば、それらの業者がすべて公益を優先する企業ばかりとは限らないことは容易に予想ができるであろう。

こんなことをいうと、入札時に、応札者が提出する企画書できちんと評価しておけばよいではないかという反論があるかもしれない。しかし、現実には、企画書によって"仕事の質"を見分けることなどきわめて困難である。必ずしも、優れた企画書を書く能力と、質の高い仕事をする能力が、比例するとは限らないのだ。また、委託して実施させてみたら企画書の通りにする能力がなかったということもあり得よう。

しかも、総合評価落札方式は、企画書の評価と価格の総合評価なのだから、企画書だけで受託先が決まるわけではない。応札価格も大きなウエイトを占めるのである。

結果的に、経験のない社労士に、数だけ監督業務を行わせて、利益を確保しようという企業に、労働者の労働条件の監督業務を委ねることになりかねないのである。もし、そうはならないというのであれば、国民が納得できる形で、その根拠を示すべきであろう。


(2)監督官と社労士の違い

ア 仕事のやり方・意識

また、国の監督官と民間の社労士では、そもそも普段の仕事のやり方や、仕事に対する考え方が異なるのである(※)。この違いを無視して、相談や支援の業務ではなく、"監督"の業務を社労士にさせようとしても成功するとは思えないのである。

※ 筆者は、ここで両者の優劣を論ずるつもりはない。たんに両者の知識やノウハウなどの質が異なると主張しているのである。どちらかが"優"で、どちらかが"劣"だなどといっているのではない。

(ア)監督官の仕事のありかた・意識

監督官は、基本的には、事業者に対して法令等に定められた最低基準を遵守させることが職務である。そのために国によって、事業場への立ち入りなど強力な権限を付与されているのである。そして、監督対象となる民間企業が法令に違反をしていれば、是正をさせるための司法処分(検察官への送致)を含む強力な措置をとることができるのである。

そして、監督官には身分保障の制度があり、また、国から一定の収入を得ている。監督対象や社会の有力者から嫌われるようなことがあったとしても、そのことを直接の理由として収入が減るようなことはない。むしろ、ときには嫌われるようなこともせざるをえないこともあるのである。

また、監督業務について、その対象の選定や指導の在り方について、相手によって差別的な取扱いをすることは許されない。公務員は、すべての国民に対する奉仕者であって、特定の企業の奉仕者であってはならないからである。このことは、国家公務員が就任のときに宣誓を行っており、少なくともほとんどの国家公務員は、常にこのことには自戒をもって勤務しているのである。

もちろん、監督官も、"監督"の対象である民間企業の関係者との間に、"よい関係"を築き上げることは重要である。だからといって、その関係は、厳正なものでなければならない。ルーズな部分があってはならないのである。

(イ)社労士の仕事のありかた・意識

一方、社労士は、通常は民間企業と委託契約を交わして、その企業から収入を得ている。すなわち、社労士が収入を得るためには、顧客である民間企業がコストをかけてもよいと納得できるだけのサービスを提供しなければならないのである。もし、企業の側が、この社労士はコストに見合うだけのベネフィットをもたらしていないと判断すれば、契約はただちに打ち切られるであろう。

そのため、社労士は、法令やCSRを守れるようになるということも含めた、顧客の"広義の利益"のために働くのである。何よりも社労士はサービス業なのだ。すなわち顧客の利益を第一に考えるのである(※)

※ もちろん、法令や倫理、社会的規範に反しないことが前提である。

また、顧客を接待したり、逆に接待されたりしたとしてもただちに問題になるようなことはない(※)。むしろ、顧客との関係をスムーズにしたり、営業の活動をしたりするために、顧客と飲食を共にすることは、重要な仕事の一部でさえあろう。

※ あまりに過度になると、社労士法違反になる可能性がある。

そもそも、社労士は顧客から報酬を受けて業務を行っているのであって、公務員のような全体の奉仕者などではない。あくまでも、"顧客に対する奉仕者"なのである(※)

※ 重ねて述べるが、だから公務員の仕事の方が高尚だなどというつもりはない。そのような主張はばかげている。

これらの多くの点で、社労士の職務の性格は、公務員のそれとはまったく異なるのである。

(ウ)社労士が監督業務を行うことの問題点

以下に、監督業務の民間委託によって引き起こされる可能性のある3つの想定例を挙げる。いずれも架空の"お話し"である。しかし、このようなことが起きないという保証はどこにもないと私は考えている。

想定例1 社労士が監督に言った対象企業について、重要な顧客からその企業は自社(顧客)と関係の深い企業であると伝えられる。
想定例2 とかくの噂のある社労士事務所が、監督業務の委託の制度を活用して、急速に規模を拡大する。
想定例3 業務委託を受けた社労士が特定の議員の後援会企業には監督に行かないと言い出したため、その議員の後援会企業には、本職の監督官が行くようになり、そのことが社会問題化する。
① 想定例1

まずは、最初の想定例である。

社労士が “監督業務” を受託するとすれば、当然のことながら、その社労士や所属する社労士法人が業務委託を受けている(契約を結んでいる)事業者を相手にすることは利益相反行為として許されないであろう。また、逆に、過去に監督業務の対象とした企業と委託契約を締結するようなことについても一定の制限を受けるであろう。

しかしながら、ひとつの地方においては、民間企業は互いになんらかの関係があることが多い。社労士自身は知らなくても、重要な顧客と監督対象企業の間になんらかの、のっぴきならない関係があるかもしれないのである。

【想定例1】

ある社労士が国の委託を受けた監督業務でA社を訪れ、重大な法違反を見つけた。その後で、事務所に戻って、監督署へ提出する報告書を書いているとき、彼が顧問を務めている重要な顧客であるB社の責任者から電話がかかってきた。

そして、他の業務の話の中で、“ほんのついで” という雰囲気で、A社がB社の重要な顧客の筆頭株主であると告げられたのである。

この社労士としては、厳正にA社の法違反を報告書に記載して顧客に悪印象を与えるか、“無能のゆえについうっかり” 報告書に法違反の事実の記載を忘れて、その後の顧問契約の収入を確実なものにするかについて、かなり苦悩をすることとなった。だが、彼の社労士としての、高い職業倫理が前者を選ばせたのである。

しかし、その報いはあまりにも大きかった。その年度末の近くになって、B社から顧問契約の解除を告げられたのである。彼は、重要な収入源のひとつをなくし、その結果、長女が大学進学をあきらめることになった。

もちろん、社労士に対して"監督業務に関して働きかけ"をすることは法令によって禁止されるであろう。だが、圧力をかける必要などない。このような場合には、もっとスマートに、A社がB社にとって重要な企業だという事実を伝えるだけで、ことは足りるのである。

サービス業である社労士としては、それだけでも十分なのである。また、社労士に対して議員を通して話があることもあるだろう。まさか業務委託をしただけの社労士に、議員と話をするなという法制度にはならないだろう。それこそ人権問題である。

まして、議員やその秘書はもちろんプロなので、問題になるようなことは言わない。たんに、「臨検監督対象のA社は、自分の後援会の会員なのだが、まじめな者なので、適切に対応したいと考えている。ついては、どうすればよいか教えて欲しい」などというだけでよい。あとは"言わなくても分かるよね。そこは忖度しなさいよ"と匂わせるわけである。

想定例1では、社労士は顧客から委託業務を打ち切られている。もちろん、監督業務で行ったことを理由として、社労士に対して不利益な取り扱いをすることは、法令によって禁止されるかもしれない。だが、そのことに、どんな意味があるというのだろうか。

年度末になって顧問契約を打ち切られたとしても、社労士としてはどうすることもできないのである(※)

※ ここで顧客を訴えたりしたら、それで彼の社労士としての生命は終わりである。いったい誰が顧客を訴えるような社労士と契約をしたがるというのだろうか。彼の顧客は、一斉にはなれてゆくだろう。

一方、少しばかり"未熟な"報告書を書いたとしても社労士としての職を失うわけではないのだ。嘘を書く必要はない。ついうっかり書くべきことを忘れるだけだ。さあ、彼としてはどのようにするべきなのだろうか。

② 想定例2

次に、この制度を活用する社労士事務所が現れるという事例を想定してみよう。

【想定例2】

C市の社労士の間では、数年前に市の有力者のD氏が創設したD社労士事務所の営業活動が問題となっていた。D氏は、地元の有力銀行とも関係の深い人物だとうわさされている。

それまでC市では、地域に密着した活動を地道に行っているいくつかの社労士事務所があったが、D社労士事務所による強引な営業活動によって、顧客を奪われて営業が苦しくなっているというのである。

そのような中で、C市を管轄するE監督署が監督業務を入札にかけ、数社の社労士事務所が応札した。結果は、“信じがたいほどの” 低価格で、D社労士事務所が応札し、同社が落札することとなったのである。

その後、D社労士事務所は、ライバルの社労士事務所が顧問契約をしている企業に対して、"驚くべき熱心さで"監督をかけ、これらの企業が悲鳴を上げることとなった。

E監督署の担当官は、かねがねD社労士事務所の業務の手法に疑念を抱いていたこともあり、監督対象の企業との間に軋轢を起こさないように、一般的な注意をした。ところが、熱心に監督を行っているのに、何が悪いのだ、むしろ国の造ったマニュアルに厳格に従っているだけだと反論され、状況に変化は見られない。

やがて、C市の企業の間に、D社労士事務所に監督に来て欲しくなければ同事務所と顧問契約を締結すればよいのだという話が広まり始めた。そうすれば、D社労士事務所が監督にくることはなくなるというのである。そしてそれは正しい認識なのだ。かくしてD社労士事務所は、ますます規模を拡大している。

ところで、D社労士事務所は、顧客の評判はけっして悪くはないのである。むしろサービスがきめ細かく、評判がきわめてよいのだ。また、行政とのつながりがあるため、この事務所と契約を結ぶと、行政がどのようなことを考えているかという情報なども入手できるという利益もある(※)

※ そのこと自体は非難されるようなことではない。むしろ、行政としてもその考え方を広く知らしめたいと考えているからだ。ただ、裏情報を流すようになると、弊害が発生するだろう。

ただ、労働組合や他の社労士の一部から、ブラック社労士と陰口をたたかれることはあった。これはたんなる噂にすぎないが、ある顧客企業の女性社員が、上司にセクハラを受けたとその企業の総務部善処を申込んだところ、この社労士がこの女性社員に問題にするのをやめるようにとやや強引な説得をし、そのためにその女性は心を病んで退職に追い込まれ、郷里に帰って社会復帰ができなくなったというのである。

だが、それがいったいなんだというのか、そんなものはたんなるうわさに過ぎない。監督署がD社労士事務所になにかを是正させたというような事実もないのである。C市の企業がD社労士事務所と顧問契約をすることになんの障害があるというのだろうか。

かくして、"監督業務の委託制度"を利用して、とかくの噂のあるD社労士事務所は規模を拡大し、その一方で臨検監督の件数は急速に増加していくのである。

このような状況について、問題だと思うか、むしろ民営化のメリットが出ているのだと考えるかは意見の分かれるところかもしれない。しかしながら、D社労士事務所のライバル事務所と顧問契約を結んでいる企業にだけ、集中的に厳しい監督が入っていることはやはり問題であろう。

読者の皆さんはどのようにお考えになられるだろうか。また、このようなことは、たんなる夢物語にすぎず、現実には起こりようのないことだと思われるだろうか。それとも、十分に起こり得ることだと思われるだろうか。

③ 想定例3

また、次のような場合はどうだろうか。

【想定例3】

F市は、交通の便が悪く、他市からF市内へ出張しようとすると1日仕事になるため、それまで他市の社労士事務所が市内の企業と契約をすることはなかった。市内には社労士事務所が2事務所しかなく、この2事務所がとくに争うこともなく、協調して仕事を分け合っていたのである。

F市を所轄する監督署としては、監督業務の入札をするに当たって、複数の社労士事務所の応札を受けたかったのだが、F市については他市の社労士事務所が応札することはなかった。2つの社労士事務所は、あまり監督業務などやりたくはなかったのだが、やむを得ず応札をし、2事務所とも落札することとなった。

ところで、F市には有力なG市会議員がいて、この2事務所の顧客の中にも熱心な支持者がかなりいた。そのため、それまでも2社労士事務所の社労士は、顧客のまえでは市の政策などを話題にしないように注意していた。

そのため、この2事務所とも、G市会議員のポスターの貼ってある企業への監督をしたがらないのである。監督署としても、そのようなことではいけないと何度も社労士事務所側を説得したのだが、それだけは勘弁してほしい、それをするくらいなら委託は受けないというのである。

やむを得ず、監督計画の対象のうち、G市会議員の後援会の企業には監督官が行くようにした。ところが、G議員が監督署は後援会を狙い撃ちしていると騒ぎだしたのである。事実とすれば、民主主義国家としては、ゆゆしき事態である。許されることではないと、マスコミ数社がG議員の主張を一斉に報じた。さらに、この問題を、G議員の所属する政党が国会で質問し、国会の重要な審議が止まるところまでいったのである。

そのような中、どこからともなくG議員のポスターを貼っておくと臨検監督が来なくなるという噂がたち、G議員の後援会には入会希望が増加し、市内ではG議員のポスターが目立つようになっているとのことである。

さて、このような問題も、本当に起きないと言い得るだろうか。あくまでも社労士は民間のサービス業なのである。顧客に嫌われるようなことをするわけにはいかないのだ。

国の専従の公務員で、国から得る賃金が収入のすべてである監督官と、収入の大部分を企業に対するサービスを行うことで得ている社労士では、そもそも仕事に対する考え方が異なるのである。

また、都市部であればともかく、地方都市になると社労士の数が十分に確保できないという地域も存在している。わずかな数の社労士が監督にいきたがらないところへ、本職の監督官が臨検監督に行くようでは、なにかが歪むのではなかろうか。

そもそも、サービス業で、企業からの委託業務を受けて収入を得ている社労士に、厳格に企業からの独立を求められるべき監督業務をまかせようという発想に無理があるのだ。

なお、先述したように、3月9日の規制改革推進会議の後の記者会見で、太田議長は「社労士というのはひとつの例」と述べておられるが、現実には社労士以外には考えられないだろう。まさか、純粋な民間企業に"監督業務"を委託するわけにはいかないだろう。委託先が社労士でなければ、問題はさらに大きくなるといってよいだろう。

だからといって、まさか専用の特殊法人を創設することもできないだろう。そのようなことをするのであれば、単純に監督官の数を増やせばよいのである。

④ まとめ

ここに挙げた3つの事例の中には、やや極端な事例もあるが、これは問題を分かりやすくするためにディフォルメをしているからである。

ただ、社労士への圧力(想定例1)、問題のあると噂される社労士法人による業務委託(想定例2)、社労士法人が監督業務委託を受けたがらない場合などの問題(想定例3)は、十分に起こり得ることなのである。

社労士と監督官の業務に対する考え方が異なるのは、その寄って立つ背景が全くことなるからなのである。その背景が異なる以上、単純に委託業務について法律によって監督官と同じ権利義務を課すといっても無理があるのだ。

権利義務を課されている時間帯(職務)と、民間人として活動する時間帯(職務)が、1日のうちに切替わるというのでは、どう行動するかの規範を確立することは難しいだろう。

失礼ながら、規制改革推進会議の発想は、現実を知らない者の作成した “机上の空論” としかいいえないものである。

イ 求められる能力

私自身、現役時代に、何度か中央労働災害防止協会(中災防)へ出向したことがあるが、出向に当たってはやはり意識して頭を切り替えた。国の公権力を行使する立場と、中災防のようなサービス業では考え方は変えなければならないのである。

例えば、同じテーマで企業への研修を行ったり、雑誌の記事を書いたりする場合であっても、公務員と中災防の職員では書くことが異なるのである。公務員の場合は、法令や通達の内容を正確に伝えることが必要なのである。ところが、中災防の職員の場合は、いかに事業場において、効率的に法令や通達の内容を効果的に実現するかの、ノウハウを伝えるのである。すなわち、中災防では、このようにすると、よりよくなりますよという、受講生や読者にとって価値のある知識を売るのである。

同じ安全衛生行政という狭い世界でもそうなのである。これが監督官と社労士では、必要とされる知識・ノウハウが全く異なっている。社労士は労働関係法令の専門家だから(※)、監督官の監督業務の代替ができるというのは、現実を知らない三流評論家の机上の空論というしかない。

※ そのことを否定するつもりはない。だが、あくまでも社労士は、労務管理や社会保険、各種の助成金の手続きの専門家なのである。監督業務の専門家ではないのだ。

(ア)監督官に求められる知識・ノウハウ

監督官に求められる知識・ノウハウは、まず何よりも、労働基準法(労基法)、労働安全衛生法(安衛法)、最低賃金法(最賃法)などの関係法令の内容及びこれに関連する政省令・告示の他、様々な通達類に関する知識である。

とりわけ、安衛法の内容は、最近では多岐に渡っており、この知識を十分に有するようになるには、かなりの長年の経験もまた必要になるのである。失礼ながら、一部の例外的な者を除けば、少なくない社労士は、安衛法についての知識は十分とは言えないであろう。

まして、化学物質関連の労働災害防止のノウハウ、感電防止対策、機械の安全の基準などについて事業者から訊かれれば、ほとんどの社労士はいったん事務所へ帰って安衛法便覧を引っ張り出して、その条文の解釈に苦労することになるだろう。

また、監督官は、刑法総論や刑事訴訟法の基礎的な知識・素養は身に着けている。しかし、社労士は、これらの知識も、大学でたまたま法学部だったり労働基準行政OBだったりしなければ、身に着けているとはかぎらないのである。

さらに、監督官は、普段の仕事では、あまり強硬なことをしたりはしないのだが、いざとなったらガサ入れをすることもあれば、強制捜査の手続きをとることもある。そして、普段は、そのようないわば"強制力を背景にして、マイルドな仕事をする"必要があり、そのためのノウハウもあるのだ。

修羅場を経験しているからこそ、監督対象の職員が監督官に反発している場合に、どこまで強く出て良いか、また、強制力を背景にするにしても、なにをしてはいけないかを熟知している。言葉は悪いが脅したりすかしたりするノウハウを持っているのだ。

社労士は、普段はそのような仕事はしていないので経験がないのである。このようなことはやはり、強制捜査の経験や臨検監督の長年の経験があってはじめてできることなのである。

また、経験のある監督官は、事業者側が積極的に何かを隠そうとしているときに、どうすれば事業者にそれを出させることができるのか、あるいは認めさせることができるかのノウハウを有している。ここを突けばよい、あるいはここを責めればよいということを知らないと、たんに強く出るだけでは、事業者から真実を引き出すことはできない。このようなことは経験のない社労士には難しいことなのである。

(イ)社労士に求められる知識・ノウハウ

一方、社労士に求められる知識として、労働基準法や最低賃金法の知識があることは確かである。しかし、社労士の仕事においては、どちらかといえば、労災保険や雇用保険、厚生年金や国民年金などの知識が何よりも求められるのである。

また、助成金や労災保険、雇用保険などの各種の手続きの実務も知っておかなければならない。労災保険では、たんに法令、通達のみならず、最新の判例なども知っておく必要がある。場合によっては、最新の判例が通達の内容を否定しているようなこともあるからである。

そして、監督官との大きな違いとして、社労士は、基本的に事業者とは自由な契約に基づいて仕事をしていることが挙げられよう。強制力などは持ってはいないのだ。その上で、事業者が法違反をしたいと望むような場合には、そのようなことはしてはいけないと説得する必要がある。また、金がないから、法令は守れないという事業者を相手に、これを説得して、やはり法令違反をしてはいけないのだと、心から納得させる必要もある。

これが、監督官であれば、是正勧告書を書けばそれで終わりである。やや極端な言い回しだが、相手を説得して納得させる能力などは必要ない。社労士の場合は、そうはいかないのだ。聞く気のない相手に話を聞く気にさせる技術も必要なのだが、監督官はそうではない。

(ウ)監督業務委託の問題点

このように両者の能力や仕事の性格の間に違いのある状況で、社労士に監督業務を委託するとどのようなことになるだろうか。まず事業主が、何かを隠した場合に、それを引き出す能力はどうしても監督官よりも低いだろう。普段、そのような仕事をしていないからである。

相手の話の矛盾をついて、強く出たりマイルドに出たり、相手の話の矛盾を突いたりすることができなければ、相手の出してくれた書類を見て終わることになってしまう。それでも良いという考え方もあるかもしれないが、厚生労働省も指摘しているように、下手をすれば、意図せずに、相手に隠ぺいのためのヒントと余裕を与えるようなことになりかねない。そうなれば、臨検監督はまったくの逆効果をもたらすことになるのである。

また、工場を巡視しても、安衛法違反を指摘することができないケースがほとんどであろう。労働安全衛生に関しては、社労士には、労働安全衛生業務の経験があるか、労働安全衛生コンサルタントの資格でもない限り、適切に違反状態を指摘して改善を求めることは困難である。

極端な場合、防毒マスクに型式検定の表示がついていなかったり、機械の非常停止ボタンが埋頭型だったりしたとしても、問題があるという認識さえもてないケースが多いのではなかろうか。

社労士が、現場を臨検したにもかかわらず、法違反の状態が指摘を受けることもなく放置され、その後、重大な労働災害が発生した場合に、誰が責任をとることになるのだろうか。

一方、労働安全衛生について、あまりにも過大な指導をする社労士もいるだろう。すべての事業者が法令を熟知しているわけではないから、あまり意味のない改善を、過大なコストをかけて行うようなこともあるかもしれない。それもひとつの問題として指摘しておくべきだろう。

だが、これについては、社労士が是正命令を行う場合には、すべて監督官に報告して、監督官あるいは署長の名前で行えばよいではないかと思われるかもしれない。しかし、それでは、本職の監督官は、社労士による監督の確認の業務に忙殺されてしまい、臨検監督に出る回数が大幅に減少することになってしまうだろう。これでは、本末転倒である。


3 八代主査の主張の問題点

規制推進会議のタスクフォースの主査である八代昭和女子大学グローバルビジネス学部長・現在ビジネス研究所長は、ダイヤモンド・オンラインの記事「ブラック企業の労基法違反摘発を「民間委託」すべき理由」で、監督業務の民間委託の必要性を主張しておられる。

この記事は大きく2つの部分からなっており、最初のところでは民間委託の必要性を説き、次に民間委託への批判への再批判を試みておられる。そこで、この記事において八代主査が主張しておられることの問題点について、簡単に述べてみたい。


(1)八代主査の見解の問題点

八代主査は同記事の中で、次のように述べられる。

【八代主査の主張】

雇用者1万人当たりの監督官の数は、独1.89人、英0.93人、仏0.74人に対して日本では0.53人と、先進国のなかでは米国0.28人に次ぐ低さである

そして、これを前提とした上で、さらに次のように言われる。

【八代主査の主張】

こうした人員制約がある中でも、平成26年には定期監督の対象となった約13万事業場のうち、約7割の事業場で法違反が摘発された。この違反内容は、労働時間(30.4%)、安全基準(28.4%)、割増賃金(22.1%)等が上位を占めている

このこと自体は、むろん私も否定はしない。しかしながら、この違反率の高さは、ひとつには監督官の知識、経験、ノウハウがあればこその数値という面もあるのだ。

そして八代主査は、話題を転じて次のように述べられる。

【八代主査の主張】

小泉構造改革の時代には、2006年の道路交通法改正で駐車違反の取り締まり業務の民間委託ができるようになり、警官がより大事な業務に専念できるようになった。また、2007年には刑務官の不足を補うために、企業との協力で運営する官民協同刑務所も実現した

これはこれで事実といってもよいかもしれない。問題は、これらの2つの事実から、論理がいきなり次のように飛躍してしまうことだ。

【八代主査の主張】

これらと同じ発想で、極端に不足している労基署の監督官の業務を、民間事業者に部分的に委託することはできないのだろうか

これは、論理的にはお粗末としかいいようがないだろう。駐車違反の取り締まりに必要な知識と、監督業務に必要な知識では、その範囲の広さが違い過ぎるのである。八代主査も言われる違反内容の上位を占める「労働時間(30.4%)、安全基準(28.4%)、割増賃金(22.1%)等」の法制度は、きわめて精緻かつ複雑なものである。労働安全衛生だけとってみても、労働安全衛生コンサルタントという独立した試験があるほどなのだ。

とてもではないが、社労士であったとしても、対応することは困難だと言わざるを得ない。労働時間や割増賃金の制度についてはともかくとしても、安衛法に基づく政省令の条文がどれだけあると思っておられるのだろうか。さらに、告示や通達となると、膨大な量が発出されている。駐車違反の取り締まりとはわけが違うのである。

果たして、監督の現場を少しでもご存じなのであろうか。

また、官民協同刑務所について言えば、その数は限られており、また業務を行う場所もひとつの敷地内なのである。すぐそばに行政マンと民間人がいて、同じ建物・同じ施設の中で共同して働いているのだ。不特定の事業場へ、民間人だけで出かけてゆく臨検監督とはわけが違うのだ。

これらの事実を無視して、交通違反の取り締まりと労働基準についての臨検監督とを同列に扱おうというのは、あまりにも乱暴な意見と言わざるを得ないのである。

そして、八代主査は次のように結論付けられるのである。

【八代主査の主張】

もちろん公務員の業務をそのままのかたちで民間人に委託することはできず、関連する法令の整備が必要だ。駐車違反の取り締まり業務を民間事業者が実施するためには、取り締まり対象となった車両所有者を明らかにしないなどの守秘義務が課される。また、知人の違法駐車車両を恣意的に見逃すことも許されない。一方で、取り締まり中に違法車両の所有者等から妨害を受ければ公務執行妨害罪が適用される。民間人も業務執行中は、公務員と同じ権利と義務とが特別法で課されている

【八代主査の主張】

これと同様な条件整備を行い、労働基準監督官の定期監督業務の一部を、社会保険労務士などの公的資格を有する民間事業者に委託することで、それだけ本来の監督官が行う臨検の対象事業者数を大幅に増やすことができる

しかしながら、これまたあまりにも乱暴な意見である。駐車違反は、主に個人の犯す犯罪である。受託業者と利害関係のない個人が、業務を遂行する業者に対して、業務の妨害をするようなことは考えにくいし、また、複数の職員が業務を共同で行う中で恣意的な見逃しをすることも考えにくいだろう。

だが、監督業務は企業が相手なのである。そして、社労士は企業相手に仕事をしているのである。監督の対象の業者と利害が絡む可能性は、駐車違反の業務とはけた違いに大きいであろう。社労士の場合は、通常は一人で業務を行っているのである。

これらの違いを無視して、駐車違反の業務と同列に論ずることは、あまりにも没論理的としかいいようがない。


(2)八代主査の批判に答える

ア 第1の批判について

八代主査は、さきほどのダイヤモンド・オンラインの記事の中で、監督業務委託への批判についての再批判を行っている。八代主査の側の第一の批判は次のようなものである。

【八代主査の第一の批判】

第1に、労働基準監督官は、予告なく事業所に立ち入り、書面等の確認や関係者からの聞き取りで、違反行為を確認し、場合によっては即座に行政処分を行うなど、一連の専門的・行政的な業務を行うのであって、駐車違反取り締まりのような単純業務ではないというものだ。

たしかに民間人には、公務員と異なり事業所に立ち入る権限はなく、また問題が見つかっても責任者を尋問する権利もない。しかし、民間事業者が適切な労務管理がされていて任意調査に自発的に応じる事業所の書類審査を行うだけでも、それだけで監督官の監査対象を減らすことで業務の大幅な軽減となる。仮に任意調査を拒否する事業所には、何か拒否するだけの理由があるとみなされ、後で本来の監督官が乗り込むという役割分担ができる。

※ 下線強調は引用者

これはとてつもなく乱暴な意見である。いったい、任意に提出されるどのような書類をチェックして、何を判断しようというのであろうか。少なくとも、八代主査の言われる安全衛生については、ほとんどチェックは不可能である。一例を挙げれば、作業環境測定など、書類チェックだけでは必要な現場があるかどうかさえ、分からない。

事業者が隠す気になれば、書類の閲覧を拒否する必要などない。黙っていればそれで終わりなのである。事業者が必要書類の存在について、黙っているかどうかをどうやって見分けることができるのだろうか。

また、事業者が隠すつもりはないにしても、作業案きょう測定が必要な化学物質を使用しているという認識がなければ、書類を出すはずもないし、そもそも書類などないケースもあろう。

いったい、書類審査だけで何をしようというのであろうか。

もういくつか例を挙げれば、定期自主検査が必要な機械設備について、同検査が実施されているかどうかを書類だけでどのようにチェックするというのだろうか。また、就業制限業務に必要な資格の有無をどのようにチェックするのだろうか。あまりにも現実離れしているのである。

さらに言えば、サービス残業を行っている企業の場合、当然のことながら最初からタイムカードや労働時間の記録簿は改ざんしてあるであろう。任意に提出された書類などいくら眺めていても、サービス残業の実態などわかりはしないのである。

また、書類審査の程度のことなら、そもそも"監督業務の民間委託"などとはいえないであろう。たんなる事業者団体によるパトロールや、社労士による業務支援と同じことである。

また、現在、社労士が企業から報酬を受けて行っていることとも、なんの違いもないのではないだろうか。単に、対象事業場が、任意に社労士と契約した事業者ではなく国が選んだ事業者であり、かつ事業者には費用が掛からないというだけのことである。

そのようなことであれば、たんに社労士に対する委託業務に対して国が補助をし、社労士と委託契約を締結しない事業者を優先的に監督の対象にするということで、同じ効果が出るだろう(※)

※ もちろん、それはそれで大きな弊害はある。監督を避けるために、悪質な社労士と形式的な契約を締結する事業者が出る可能性があるのだ。

また、本職の監督官が、社労士が任意調査を拒否した事業場に臨検監督をかける制度にすると、厚生労働省が懸念しているように、そのような事業場には隠ぺいなどの対応をとるだけの余裕ができるのである。これでは、"臨検"監督とは言い難い。

しかも、監督官の業務量がそのような事業場に監督を実施することにばかり振り向けられるようになってしまうと、監督官が最初から"臨検"を行う件数が大きく減少してしまうことにもなろう。

どうせ、社労士がくるまでは、臨検監督はないのだから、作業環境測定や特殊健康診断など、"社労士がきてから実施すればいい"というようなことになりかねないのである。

イ 第2の批判について

八代主査の第二の批判は次のようなものである。

【八代主査の第二の批判】

第2に、民間事業者が任意の調査を行い、問題がある場合に監督官に取り次ぐとした場合、その間に証拠帳簿等が隠されたり、迅速な労働者保護が行えないという批判がある。

しかし、民間事業者は、現に監督官が行っている臨検業務を代替するのではなく、人手不足で放置されている大部分の事業所を任意調査で識別する補完的な役割に過ぎない。十分な数の監督官がいることを前提に、民間人との優劣を論じても意味はない。監督官の臨検をより悪質な企業に集中できることが、なぜ労働者の安全確保に有用といえないのだろうか。

しかし、この八代主査の主張は、①社労士の監督業務のみでも労働者の安全確保に有用であることと、②そのことによって監督官の業務がより悪質な業務に集中できることが前提であろう。

ところが、その前提が正しいという証明がないのであるから、批判に対する反論の体をなしていないのである。

まず①については、八代主査が"安全確保"という言葉で、何を表そうとしているのか分からないが、「法律で定められた上限を超えた長時間残業を罰則付きで規制すること(八代主査)」による過労死防止だというのであれば、先ほども述べたように、事業者が任意に提出する書類などいくら眺めていても、法律で上限を超えた長時間労働など判明したりはしないのである。

法律で定められた上限を超える長時間労働の多くは、サービス残業によって行われている。そして、サービス残業を書類上に記録する事業者など、世の中のどこにもいないのである。

また、文字通り"労働安全"のことだとすれば、先ほども述べたが、これまた書類を眺めているだけで違反の実態を見つけられるものではない。一般の定期健康診断の未実施や産業医・衛生管理者の選任などは別にして、ほとんどの安衛法違反については、現場へ行かなければ判明することはないのである。あまりにも非現実的な主張としかいいようがない。

また、②の監督官の業務がより悪質な企業に集中できるということについても、先ほど述べた通りである。社労士の"監督業務"を行った企業に対する"確認のための監督"ばかり行っているようでは、本来の抜き打ちによる臨検監督業務ができなくなってしまうのである。

実際には、社労士に対する教育、社労士を集めた会議、社労士との打ち合わせなどの他、社労士からの相談に対する対応などの業務も増えるであろう。また委託のための事務作業も増えるはずである。場合によっては、社労士に対する苦情処理まで行う必要が出てくる。

現実には、「監督官の業務がより悪質な業務に集中できる」ような状況になるとは限らないのである。

ウ 第3の批判について

八代主査の第三の批判は次のようなものである。

【八代主査の第三の批判】

第3に、現状でも監督官による立ち入り検査は、抜き打ちだけではなく事前に予告して行く場合もある。これは限られた時間内で、責任者が不在だったり書類が用意されていなければ検査自体が困難なためである。社会保険労務士の広告にも、監督官の臨検時に立ち会うために、あらかじめコンサル契約を締結することがうたわれている。

これは、完全な誤解としかいいようがない。臨検監督を事前に予告することなど、なにかの行事の際に報道機関に公開して監督を行うようなケースでもない限りあり得ないのである。例外的なケースを除いて、臨検監督は抜き打ちで行うのである。

社労士の広告を見て、なにかの誤解をされたようだが、おそらく、これは臨検監督があったときに、顧問契約を結んでいる社労士が駆け付けるという意味ではなかろうか。


(3)八代主査が口をつぐんでいること

八代主査の主張は、端的に言えば、本職の監督官の増加という選択肢がないという前提のもとで、"民間人には本職の監督官ほどの能力はないにせよ、監督の業務を任せれば、なんらかの足しになるではないか"というに過ぎない。民間人の力もゼロではないのだから、使えばプラスになるというわけだ。

しかし、このような考え方には、到底、賛成できない。民間人の活用を図るにしてもコストはかかるのである。そのコストを民間人の活用に振り向けることと、監督官の増員に振り向けることのどちらが、より大きな効果があるのかが議論されなければならないのである。

【八代主査の主張】

模式図1

※ クリックすると拡大します。

八代主査は、右の方がよいではないかと主張している。これだけを見ると正しいと思えるかもしれない。(※)

※ もちろん、この主張の通りだったとしても、実際には必ずしも正しいとは限らないのだが、ここではその問題は問わない。

実際には、次の2つを比較するべきなのである。なお、ここにいうコストはたんなる金銭的なものに限られない。民間委託を行うための様々な"手間"が含まれる。

【本来比較するべきは】

模式図1

※ クリックすると拡大します。

そして、この場合は、右の方がよいとは限らないのである。八代主査の主張は、このことについて見落としているのである。

ことによると八代主査は、一般の企業が、正社員を雇用するよりも、非正規労働者の活用を選択するような感覚で、民間委託を主張しておられるのかもしれない。しかしながら、国の委託は年度ごとに行われるのである。すなわち、毎年、受託者が入れ替わることが前提なのである。一方、監督官が一人前になるには1年では到底足りないのである。

社労士は、社労士として優秀な方は多いことは事実である。社労士としての労務管理や公的保険についての相談業務についてであれば、きわめて高い能力を発揮されるであろう。しかし、監督官としての経験があるわけではないのだ。言葉は悪いが、監督業務においては、"足手まとい"になることさえ考えられるのである。

民間への委託にかけるコストを、本職の監督官の採用と教育に振り向けることの方が、はるかに効果的ではなかろうか。

さらには、本稿で述べたような、民間人に対して監督業務を委託することによって発生する可能性のある問題点については、八代主査はまったく考慮しておられないのである。

とにかく、"何もしないよりは民間に委託すればそれだけプラスになる"ではないかと、さしたる根拠もなく、無邪気に主張しておられるのである。少なくとも、ダイヤモンド・オンラインの記事を読む限り、そうとしか理解できないのである。


4 まとめ

(1)臨検監督の民間委託の問題点

ア 利益相反の問題

現実には、このような制度を導入すれば、様々な問題が派生する。業務委託を受ける社労士にとっては、国の監督業務の受託だけで生活することは不可能である。他に、民間企業から収入を得なければならないのである。

少なくとも、顧客に労働基準法や労働安全衛生法違反の事実があったとしても、頭ごなしに是正させようとはしないのである。そこは、事業者と共に、違反状態の解消をしつつ、事業者の納得できるような解決策を見出す努力をしているのである。

だが、監督業務においては、当然ながら企業に対して厳格な対応をとることが必要になる。しかし、国から収入を得ている公務員の監督官であれば、それは可能であろうが、企業から収入を得ている社労士にそれと同じことを期待することは困難なのである。

利益相反のないような監督対象を選べばよいといっても、その場合は、そもそも監督対象を選定する時点で、公平とはいえなくなる。なぜなら、その社労士と契約している民間企業には監督業務の対象となることはないからだ。

また、いくら利益相反のない企業を監督に選ぼうとしても、民間企業の関係は複雑であり、選んだ時点では知らなくても、実は、社労士の顧客と関係があったということもあり得るのである。

さらに、社労士に対して圧力がかかった場合、公務員と違って、圧力を跳ね返した場合に、社労士が不利益な状況に陥ることを防ぐことは、現実には不可能といってよいのである。社労士としては、圧力を跳ね返すことはきわめて難しいと言ってよい。

イ 監督官と社労士の知識の差

社労士は、監督に必要な知識・ノウハウを持っていないことが多い。これについては、社労士が自己研鑽によって知識・ノウハウを身に付ければよいではないかという反論があるかもしれない。

しかし、ノウハウというのは経験である。ところが、国の契約の原則は1年契約である。1年で受託企業を変更することが前提なのである。これでは経験を積むというのは困難である。

また、知識を身に着けるには一定のコストがかかるのである。ところが、一般に国の事業は入札制度となる。そのため自己研鑽の費用を算定した金額では、受注することが困難になるのである。

しかも国の事業は、事業そのものが消滅したり、消滅しないまでも他社に奪われたりするリスクがきわめて高いのだ。そのため、多くの社労士にとって、コストをかけてまで、自己研鑽をしようというインセンティブが働くとは考えにくいのである。

しかも、国のこの種の事業というのは、数値のみによって評価され、質は評価されないことが多い。まして、高い質の仕事をしたとしても、その後の契約につながるわけでもないのである。

この状況で、監督業務の民間委託を行えば、きわめて質の低いものとなるおそれがあるのだ。


(2)解決策として考えられること

私自身は、民間委託を行うのであれば、まんぜんと臨検監督一般について行うのではなく、以下の2点に限ることにより、効果があがるのではないかと思う。

ア 現行の相談や支援業務に民間活用を図る

現在も、社労士には労働局の相談員などを委嘱しているが、それの定員を増加するか、行政OBの再雇用制度の枠を拡充して、社労士や労働安全衛生コンサルタントの資格を有している行政OBを"専門監督官"として増員・活用することが考えられよう。

いずれも、現行の制度の延長線ではあるが、そもそも現行の制度は、それが有効であるからこそ続いているのである。また、よりよい制度とするための、制度の改良の努力も行ってきた結果、実際によりよい制度となっているものなのである。

あえて、現行の制度を廃止してまで、奇をてらった思い付きのような"監督業務の民間委託"などを行う必要などないというのが私の考えである。

イ 監督官の不得意分野に集中して民間活用を図る

(ア)現状と問題点

しかしながら、労働局単位や労基署単位でみれば、監督官の数が不足していることもまた現実である。私は、宮城労働局で労働基準部長に就任していたことがある。そのときの監督官の数は、署長職にある者や、徴収業務や総務部門などの監督業務以外の仕事をしていたものも含めて、宮城県全体でも、中隊規模(250人)に達していなかった。わずかに3個小隊(1小隊は40人)程度の人数にすぎなかったのである。

これが署単位となると、複数の市町村を管轄していることが普通なのだが、小規模署では署長を含めて4人、極端なケースになると3人ということもあるのだ。分隊単位(10人)にも達していないのである。これで、署内の庶務の仕事も担当するのである。

これで、大災害があったりすると、そちらに手を取られ、臨検監督などほぼ不可能になってしまうのである。これは、全国的に何かの主眼監督をするような時期にも同様であった。

日常でも、労働者からの申告が増加すると、申告監督などの受動業務の実施は必須であるから、臨検監督など能動業務にかけることのできる業務量はますます減るのである。そのため、個人的には、監督官の大幅増員が必要であるとは思っている。しかしながら、その一方で、定員削減は国の方針として避けることができないという状況がある。

だからといって、安全衛生に従事するする技官や、労災保険業務に従事する事務官の数を減らして、監督官の数を増やすという手法が、期待通りの効果をあげるとも思えないのである。

これまでなんども述べたように、安全衛生業務に求められる知識は、きわめて幅広いものがある。これは労災補償業務においても同じである。ところが、技官と事務官の定員をなくして、監督官の定員を増加すれば、形の上では監督官は増えるが、技官や事務官の仕事も監督官が担当しなければならないので、マンパワー的にはさしたる変化はないのである。

しかも、技官や事務官は、安全衛生や労災補償の業務に特化していたので、専門的な知識が十分であった。しかし、監督官はこれらの業務に特化することはなく、数年で異動を繰り返すため、安全衛生や労災補償の知識が、十分ではないまま、これらの仕事に就くことになりかねないのである。

(イ)対応策

そこで、これに対する対策として、本職の監督官があまり得意としない分野の専門知識を有する民間人や行政の退職者を、複数の労働局に共通で所属する遊軍の専門監督官として、70歳を定年として雇用することである。

その場合、一定の賃金水準としないと、優秀な人材は得ることができないだろうが、大卒の新人を雇用するよりもリスクは低く、採用に当たって試験を行うことによりしかも実践力のある者を採用することができるだろう。

その上で、採用後に一定の教育・運連を施した後、監督業務の遊軍として複数の労働局に配置すればよい。

専門知識の例としては次のようなものが考えられる。

  • 〇 外国人労働者に対する相談対応のため、外国語に堪能でかつ労務管理の経験を持つ者。
  • 〇 安全衛生に関して企業の化学物質管理への対応のため、化学物質管理の分野の労働安全衛生の知識を有する者

監督業務の民間委託を考えるより、はるかに効果的だと思うが、いかがなものであろうか。