日韓を政争の具にするな


韓国最高裁による新日鉄住金への賠償を認めた判決以来、日韓関係が冷え込んでいます。これは日韓両国にとって不幸なことと言わざるを得ません。

自民党政権は日韓関係を政争の具にし、その政治的な思想の満足のために国益を害しているというべきです。自民党政権の外交政策を検討します。

これは、当時「実務家のための労働安全衛生のサイト」に掲示したものですが、そのままの形で当サイトに移行しました。




1 はじめに

執筆日時:

筆者:柳川


(1)発端はあくまでも私法上の私人間の争いである

ア 強制徴用訴訟の法的な意味

そもそもの始まりは、韓国の国民=かつての強制徴用の犠牲者による日本企業への損害賠償の訴えであった。この訴訟は和解されることなく韓国最高裁まで争われ、2018年10月30日に日本企業側敗訴の判決によって確定した。

原告にしてみれば、第二次大戦以前に日本政府が犯した誤りを償って欲しいという、ごく当然の要求だっただろう。いずれにせよ、法的な意味においては、韓国のかつての強制徴用の被害者と我が国の企業の間の私法上の争い、すなわち特定の私人の間の法律的な争いなのである。

もちろん、強制徴用の被害の背景原因としては当時の日本政府の侵略行為があったことから目をそらしてはならない。また、加害者企業には現在訴えられている企業以外にもある(※)ことも忘れてはならない。

※ AFPの2009年01月07日の記事「麻生首相、旧麻生鉱業での捕虜労役を認める」によると「麻生氏の親族が経営していた企業は、当時日本が統治していた朝鮮半島から連れて来られた人も強制的に働かせていたと広く信じられている」とされている。なお、この記事によると、当時の麻生総理(現副総理兼財務大臣)は、2009年1月6日の衆院本会議において、親族が経営していた旧「麻生鉱業」で第2次大戦中に連合軍捕虜が働いていたことを認めた。

だが、法的な意味でこの問題を検討するに当たっては、あくまでもこれが私人間の争いであるということもまた、明確にしておく必要があるだろう。

イ 安倍総理の韓国政府への抗議の無理筋

この最高裁の判断が出されると、安倍政権は韓国政府に対して抗議を申し入れた。しかし、これは以下の2点において、そもそも「無理筋」な抗議だったのである。

(ア)個人の請求権は請求権協定によっては消滅しない

安倍政権による抗議の根拠として、日韓両政府の間で締結された「請求権協定」により韓国側の日本側への請求権は消滅したということが挙げられている。

しかし、このような根拠は成り立たない。なぜなら、私人間の争いについて、国家同士の協定である「請求権協定」は意味を持たないからである。請求権協定を締結した盧武鉉政権は、個々の国民の請求権を消滅させる法的な権限はないのだ。

これは日本国政府や日本の最高裁も認めていた。かつては、韓国の個々人の請求権は請求権協定によっては消滅しないと主張していたのである。これについては、本サイトの別稿「日韓関係の改善のために」にも根拠を明記しておいたので関心があれば参照して欲しい。

なお、この個人の請求権が請求権協定によって消滅しない理由についての法的な説明は、かつての日本国政府と今回の韓国最高裁判決では異なっているが、結論は同じなのでここで詳細な説明は避ける。

(イ)韓国においても3権は独立している

また、そもそも今回の判決について、韓国政府は関わっていないのである(※)。従って、韓国政府を批判してみても意味はないのである。三権分立は韓国にも存在しているのだ。

※ 時事通信2018年10月27日記事「徴用工訴訟疑惑で逮捕=最高裁機関の元幹部-韓国検察」によれば、むしろ、朴前政権時代には徴用工の訴訟を遅らせようと図っていたのである。

すなわち、日韓の政府間の協定があろうがなかろうが、韓国国民が日本の企業を訴えることを、韓国の行政機関が止めることはできないのである。そして、民主国家の司法機関は、行政の判断などとは無関係に判決を行うのだ。日本政府がそれを批判するのは自由だが、独立国家の司法機関の判断に対して、その国の政府に抗議してみても意味はないのである。

(ウ)日本国政府のご都合主義

ひとつの例を挙げて説明しよう。ややあり得ないような設定で恐縮だが、我が国の原爆による被爆者が、マンハッタンプロジェクト(米国の第二次大戦時の原爆製造計画)にかかわった米国企業を訴えたとしよう。そして=これも考えにくいが=我が国の最高裁で原告勝訴の判決が確定したとしよう。

ところが、日米間にも、日韓と同様に相互の請求権を消滅させる国際協定は存在している。そこで、米国政府が我が国の政府に強硬に抗議を申し入れたと考えてみて欲しい。

さて、このような場合、日本国政府はどのような対応をするのだろうか。

あまり知られていないが、実は、かつて被爆者が損害賠償請求をしようとしたことがあった。ところが、日本国政府が米国との間で損害賠償請求権を消滅させたため、米国政府への請求はできなくなったと考えたのである。

そこで、日本国政府相手に損害賠償の請求をしたのだ。ところが、そのときの日本国政府の主張は、国家間の協定によっては、個人の請求権は消滅しない=従って被爆者は米国政府を自由に訴えることができるのだから、日本国政府が被爆者に賠償する必要はないというものだった。

つまり、今回の安倍政権の韓国への抗議とはまったく逆のことを言っているのである。安倍政権のやり方は、ご都合主義といわれても仕方のないものであろう。


(2)今回の“報復”の持つ意味

ア 安倍政権による報復の内容

さて、本題に入ろう。日本政府は、韓国への報復措置として、半導体関連の製品の輸出規制を行うと言い出している。IC製造に不可欠なレジストと高純度フッ化水素、ELディスプレイの製造に必要なフッ化ポリイミドの3品目について、韓国に対する規制の優遇措置を撤回するというのである。

しかし、この規制は社会主義国家などにおいて軍事転用を防止するのが目的である。日本国政府の言う「日韓関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない状況で、信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になっている」というのはやや筋違いであろう(※)

※ 朝日新聞DIGITAL2019年07月02日記事「韓国へ輸出規制、元徴用工問題が背景に 菅氏が明言」によれば、菅官房長官は、徴用工問題への対抗措置ではないとしつつも、徴用工問題が背景にあることは認めたとされる。しかし、毎日新聞2019年07月02日記事「対韓輸出規制は、なぜ愚策なのか」がいうように、対抗措置ではないなどということを真に受ける国民はいないだろう。

朝日新聞はその社説(※)において、「大阪でのG20会議で議長だった日本は『自由で公平かつ無差別な貿易』を宣言にまとめた。それから2日後の発表は、多国間合意を軽んじる身勝手な姿をさらしてしまった」と、その無理筋ぶりを強く批判している。

※ 朝日新聞2019年07月02日社説「対韓輸出規制 「報復」を即時撤回せよ」

イ 報復による日本企業への影響

また、それよりも重要なことは、これらの3製品は日本企業のシェアがきわめて高いものであり、これまで韓国の関係企業は多くを日本企業から購入していたという事実である。今回の安倍政権の報復措置は、その日本企業の優位を無にしかねないものなのである。

毎日新聞は、2019年07月02日の署名記事「対韓輸出規制は、なぜ愚策なのか」において、安倍政権の今回の措置を次の3つの観点から強く批判している。

  • ① この3品目を生産している日本企業の売り上げを大きく損ない、これらの企業の経営状態を悪化させる。
  • ② 韓国企業は、日本以外の企業からこれらの製品を入手するべく努力をするだろう。その結果、日本企業のシェアの優位性は大きく損なわれるだろう。
  • ③ 韓国企業は、その気になれば日本企業から技術者をヘッドハンティングしてでも対応策を取るだろう。その結果、日本企業の韓国への輸出力は低下することになるだろう。

これらは、まさに正鵠を射ているというより他はない。フッ化水素はいうまでもないが、フッ化ポリイミドもそれそのものは特許の対象ではない。また、レジストも、紫外線によって硬化する特徴があればよいのでレジストというものが特許の対象というわけではない。日本企業が制裁で輸出することが困難になっている間に、他国の企業が悠々と我が国企業のシェアを食い荒らすことになるだろう。

安倍政権の愚かな行為によって、日本企業が苦労して構築してきた優位性が、今まさに犠牲にされようとしているのである。

ウ 日本企業への信頼感の低下は否めない

そもそも、安定供給ができることは、製造業にとっての重要な要素の一つである。世界中のどのような企業でも、部品や材料の継続的な購入をしようとするときは、購入する企業の選定にあたって、安定供給が可能かどうかを判断しようとするだろう。

ところが、今回の安倍政権の愚かな行為は、我が国の製造業が、政権によって安定供給が困難となるリスクを有していることを世界中に示してしまったのである。

まさに安倍政権は、我が国の健全な発展に取って、足枷となっているというべきである。


2 安倍政権は、自己満足のために日本企業を犠牲にしている

(1)強制徴用問題と安倍政権の背景にあるもの

ところで、今回の徴用工問題に関する韓国最高裁判所判決について、安倍政権の反応は、やや異常ともいえるものであった。訴訟の結果について日本政府が関心を持つことは分かる。しかし、朝日新聞(※)によると、「中曽根弘文元外相は『韓国は国家としての体をなしていない』と指摘。新藤義孝元総務相も『怒りを通り越してあきれる』と批判した」という。

※ 朝日新聞DIGITAL2018年10月31日「「怒り通り越しあきれる」自民部会、韓国判決に批判続出」

これはいったいどういうことだろうか。民主国家なら、国民が政府にとって都合の悪い訴訟を行うことなど、どこにでもあることである。また、健全な国家なら、裁判所が行政にとって都合の悪い判断をすることもあることだろう。それが起こり得ないとすれば、それこそが民主主義国家という名に値しない国であろう。

むしろ、裁判所を行政がコントロールできるのが「国家としての体をなして」いることだと安倍政権が考えているとすれば、安倍の下での自民党こそ近代国家の政党としての体をなしていないというべきである。

にもかかわらず、この安倍政権の異常な反応はどこからくるのだろうか?それは安倍総理の思想背景を考えれば分かるだろう。安倍総理は、南京大虐殺を否定する杉田議員を「国の宝」だと褒め上げてわざわざ他党から引き抜いて、比例区名簿の上位にして議員にした張本人である。また、「安倍総理 南京虐殺」で検索すると、安倍総理が南京虐殺を否定しているという記事が数多くヒットする。要は、安倍総理は、戦前の軍国主義日本を礼賛する人物なのだ。

今回の韓国最高裁判決に対する安倍政権の異常な対応は、まさに彼らの戦前懐古趣味、もっといえば戦前の軍国主義国家礼賛主義からくるものなのであろう。強制徴用という制度を、「悪いものではない」という思想が背景にあるからと考えると理解しやすいだろう。


(2)安倍政権は、我が国の企業を私物化している

もちろん、安倍総理が戦前の軍国主義を礼賛する人物だということも問題なのだが、さらに、それを国際関係に持ち込み、日本企業の経営に悪影響をもたらしているということもまた、重大な問題であると言うべきだ。

今回、安倍政権が輸出規制の対象とした3品目について、それらの製造企業が、よりよいものを開発して、他国へ営業をかけ、ここまでシェアを伸ばすには、並々ならぬ苦労があったはずである。それを安倍政権は、彼らの戦前の軍国主義政権肯定の思想のために、政争の道具としてしまったのである。

我が国の企業の健全な発展のためにも、この政権は一日も早く終わらせなければならない。そのためには、今度の参院選が良い機会になる。この選挙において、きちんと意思を示さないと、我が国の健全な発展は大きく阻害されてしまうだろうと最後に述べて本稿を終えることとしたい。