日本核武装の不都合な真実


安倍元総理を中心に、ロシアのウクライナ侵略を口実にした日本の核武装論が主張されています。また、岸田現総理は政調会長時代に「敵基地攻撃」についてFacebookに投稿しています。

これまでも、安倍前総理ら自民党の幹部は、予防戦争を肯定する発言をしています。これはわが国の国防を考えた場合、軍事的に見ても有害無益な素人論に過ぎません。

安倍元総理は、米国によるイラクへの予防戦争は肯定し、ロシアのウクライナ侵略は批判するという考え方の持ち主ですが、これは国際的に見れば危険な考え方と言うべきです。

日本の核武装論と予防戦争肯定論に結びついた敵基地攻撃能力論が、わが国の国防にとって極めて危険かつ幼稚な論理であることを論じます。




1 自民党の核武装論と予防戦争肯定論

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筆者:平児

(1)自民党の核武装論と予防戦争肯定論

安倍元総理は、ロシアのウクライナ侵攻を契機(僥倖)として日本の核武装論を主張している(※)。岸田現総理は、参院選での悪影響を考慮したのか、日本の核武装論を「認められない」としてスルーした。

※ 日本政府の要人による核武装発言は意外に根強く行われている。米国家安全保障会議録草稿(1998年5月25日沖縄タイムス朝刊)によると、1965年1月に訪米した当時の佐藤栄作総理はラスク長官に対して、「一個人として佐藤は、中国共産党政権が核兵器を持つなら、日本も持つべきだと考えている。しかしこれは日本の国内感情とは違うので、極めて私的にしか言えないこと」と述べたとされる。

しかし、岸田現総理の対応は額面通りには受け取れない。岸田総理は政調会長時代にFacebookに、敵のミサイル発射能力そのものを直接打撃し、減衰させると投稿したことがある。

分かりやすく言えば、攻撃されたらやり返すのではなく、攻撃されそうになったら先制攻撃をすると主張しているのである。

そして、これはまさに米国がイラクを攻撃したときの口実=大量破壊兵器の存在=であり、ロシアがウクライナを侵略したときの口実=攻撃的なファシストの存在=であった。

行きつくところは安倍元総理と同じではないだろうか。そして、核による抑止=自国を攻撃するなら核を使う=という脅しは、プーチン大統領が、今まさに行っていることである。

これが、安倍元総理や岸田現総理の主張の本質である。米国やロシアと変わるところはないのだ。


(2)核兵器など現実には役に立たない

ア 戦術核兵器は侵略戦争以外では役に立たない

いいだろう。わが国は核武装をするとしよう。だが、それは戦術核兵器なのか戦略核兵器なのか、どちらにするのか?

これは、安倍元総理が主張する「抑止力」として用いるなら戦略核兵器しかあり得ない。戦術核兵器は、日本が他国へ侵略するなら話は別だが、敵が攻撃してきた場合には国内で使用することになる。しかし戦術核は散開した敵にはほとんど効果はない。通常兵器と同じような効果しかないのである。しかも自国の非戦闘員に深刻な悪影響を与える恐れがある。

国内で「敵」が密集隊形を組んでいるとすれば、近くに自衛隊がいて対峙している場合だけである。だが、自衛隊が近くにいるときに戦術核を使用すれば、自衛隊に大きな被害を与えることになる。

すなわち、敵が密集隊形をとっているときは使えず、散開してしまえば効果は通常兵器と変わらないのである。それなら、自国民の健康に悪影響を与える恐れが強く、高価な戦術核兵器より、同じ値段で買える戦車3台(※)の方がはるかに役に立つ。

※ 戦術核兵器の方はケーシングの費用も考慮している。


イ 戦略兵器は基本的に脆弱である

そこで、戦略核兵器を保有するとしよう。だが、ランチャー(発射装置)をどうする。核のランチャーには、戦略爆撃機(長距離爆撃機)、原子力潜水艦、大陸間弾道弾の3種類がある。

そして、戦略爆撃機は空中にいない限り脆弱な兵器である。また、格納庫に入っていたのではいざというときの役に立たない。つまり、何機かは、核を搭載して常に飛行している必要があるのだ。

これは、他国への脅威を増加させることになるばかりか、かなりの機数がない限り現実的ではない。また、整備に多額の費用がかかるばかりか、膨大な燃料を消費し、あまりに負担が大きすぎる。

では、原子力潜水艦はどうだろうか。なお、通常エンジン積載型の潜水艦は、新鮮な空気を外気から取り入れる必要があるためシュノーケルを使用せざるを得ないが、これでは衛星によって「敵」から簡単に位置が知られてしまう。このため、核搭載潜水艦としては原子力潜水艦(※)を用いざるを得ない。

※ 原子力潜水艦のエンジンは酸素を必要としない。また、原子力で発電して海水を電気分解すれば酸素が得られるため、食料の補給や乗組員の休養及び自艦の位置を知る目的以外では浮上する必要がない。

潜水艦も入港していれば脆弱な兵器なので、国際的な危機のときには外洋へ出ざるを得ない。ただ、その場合であっても、敵基地を攻撃できるようにするためには、自艦の位置と姿勢を常に正しく把握できていなければならない。そのためには、原子力潜水艦と言えど定期的に潜望鏡深度まで浮上する必要があるのだ。

ところが、そのときに存在を衛星にばく露してしまうと対潜哨戒機や敵護衛艦につきまとわれるおそれがある。戦争が始まらない限り、お互いに攻撃するわけにはいかないが、場所は公海上である。水上艦艇や対潜哨戒機につきまとわれれば、潜水艦には「あっちへ行け」とは言えない。速度の遅い潜水艦にはどうすることもできないのである。

戦争が始まれば、あっという間に沈められてしまうことになりかねない。

それなら、大陸間弾道弾はどうだろうか。しかし、これまた、次項に述べるようにきわめてやっかいな問題をもたらすのである。


2 わが国の核武装が何故危険なのか

(1)「敵」の立場に立ってみよう

仮にわが国が大陸間弾道弾を 10 基程度保有したとしよう。もちろん、コンクリートの蓋の位置は軍事衛星によって「敵」に正確に知られている。

そして、国際関係の緊張が高まったとき、「敵」にしてみれば、核で先制攻撃されれば自国の荒廃は悲惨なものになる。であれば、攻撃される前に攻撃しようという誘惑にかられるのである。

しかも、「敵」の大陸間弾道弾が MIRV(多弾頭核ミサイル)化されていれば、攻撃への心理的な閾値は大きく低下する。10個の弾頭を持つミサイルを3発も発射すればよいのだ。そうすれば、日本のコンクリートの蓋1基につき、3個の弾頭で攻撃できる。1個当たりの命中率が 90 %程度でも外す確率は0.1%程度だ。

そして、日本のコンクリートの蓋をすべて破壊して日本の核武装を排除した後も、自国には多数のミサイルが残存しているのである。これが怖くて日本も、背後にいるあの超大国も絶対に攻め込んでくることはないだろう。

それなら、深く考えずに攻撃する方がよいのではないだろうか。


(2)そして自国政府の立場に立ってみよう

岸田現総理は、いざとなれば敵基地を攻撃するとFacebookで主張している。先述したように、日本のコンクリートの蓋の下にある大陸間弾道弾など、敵に攻撃されれば破壊されるだけの代物である。

であれば、先制攻撃をするか、少なくとも敵の攻撃の予兆があった瞬間に攻撃命令を出さなければならない。敵がミサイルを発射した後、日本のコンクリートの蓋の下のミサイルが破壊されるまでの時間はそう長くはないのだ。

そのわずかな時間にミサイル発射の決断をして、実際に撃たなければならないのである。

だが、敵がミサイルを発射したという情報が誤報だったらどうなる?

ことによると、それは実際の攻撃ではなく、サイバー攻撃による仮装情報にすぎないかもしれない(※)。とは言え、現実には誤報かそうでないかを確認するだけの余裕はない。

※ 核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)報告書の「第2部 核の脅威と危険を見極める」によると、「過去に、軍事ネットワークに侵入するために複数の攻撃がなされたことが知られている。例えば、ハッカーは、かつて米海軍が水中の潜水艦に核兵器の発尃許可を送信するために使用した超低周波に障害を生じさせる攻撃を試みた。こうした試みが将来、絶対に成功しないと想定することはできない」とされている。あり得ないことではない。

撃たずに様子を見て、真実の攻撃だったら「せっかくの」大陸間弾道ミサイルは放射性廃棄物の塊になって終わりである。

では、撃ってみたところ、実はサイバー攻撃だったらどうなるだろうか。その答えは簡単だ。起こす必要のない全面戦争が起き、国民の多くが死ぬか、運よく生き残っても放射性物質の舞う廃墟をさまようことになるのである。


(3)歯止めのない核拡散のきっかけになる

さらに、日本が核武装をすれば、北朝鮮が核武装することを非難する理由は存在しなくなる。

自国は核武装をしてもよいが、北朝鮮は許されないなどという理屈は立たない。そして、核拡散の恐怖がアジアに蔓延することになる。

どの国も、日本から攻撃されないため(※)に核武装を急ぐことになる。そして、その国の周辺国家も核武装をしなければならなくなる。やがて、核の管理が適切に行えない国家も核武装することになる。

※ 周辺国家にとって、これは現実の脅威となるだろう。かつて日本が周辺国家を攻撃してから、100 年に満たない期間しか経っていないのである。当時の記憶は生々しく残っている。その恐怖心を理解しようとしないのは侵略した側である日本国民の一部だけである。

それが、わが国の国防に大きな災厄をもたらすことは自明であろう。


(4)過大な防衛費はわが国経済を衰退させる

国家を守るとはどういうことだろうか。国防という概念には、国家を健全に発展させるということも含まれるだろう。

だが、際限のない軍拡競争を行えるほど、わが国の経済は強力ではなくなっている。すでに衰退の兆しはあらゆるところに現れている。

恐るべき高齢化、社会的インフラの老朽化、貧困層の増加と能力を発揮することを諦めざるを得ない若者の存在、かつて世界に名をせたわが国の大企業も今は見る影もない。

このような状況下で、国防に多額のカネをつぎ込むことができるなどというのは、無責任な政治家の妄想に過ぎない。わが国の健全な発展のためには、必要もない国防にカネをつぎ込める余裕はないのだ。

日本が核武装をして、世界が軍備増強競争に突入すれば、わが国の経済はあっというまに疲弊する。これこそ国防ではなく国亡(亡国)の論理と言うべきだ。


3 日本への攻撃などあり得ない


(1)超大国の米国がベトナムに負け、ロシアはウクライナに勝てない現実

いったい、どの国がわが国に攻め込んでくるというのか。どこかの国の指導者が突然、頭がおかしくなって(※)日本に攻め込んでくるとでもいうのか。

※ 私はプーチンや北朝鮮の指導者が少しおかしいという意見には喜んで賛同する。しかし、彼らが日本へ攻め込んでくるほど愚かだとは思わない。彼らは自分たちの利益になると考えることしかしないという点では信頼できるのである。

プーチンもウクライナ侵攻を始めたときは、ごく短期間で首都を攻め落として既成事実が作れると考えたから侵攻したのである。無意味な冒険をしようとはしないのだ。

もし、そう思うのなら、旧ソ連が「アジアの小国」アフガニスタンに攻め込んで、軍事的にどれだけ苦労したか思い起こすべきだ。しかも、世界各国から総スカンを食って経済が大打撃を受けたのである。

米国もまた、小国ベトナムで膨大な軍事費をつぎ込んだあげくに「ミステーク」と言って逃げ出した。アフガニスタンでも多くの若者が犠牲になったあげくに逃げ出している。第二次大戦後の米国の戦争で勝利と言えるのは湾岸戦争とグレナダ侵略くらいのもので、朝鮮戦争は膠着状態で休戦、イラク戦争も実質的な敗北である。

そして軍事大国のはずのロシアは、かつての大ロシアの一国で陸続きの小国家であるウクライナに攻め込んで、四苦八苦している。

軍事的に日本に攻め込めるだけの能力を有している国は、アメリカを除けば存在していないのである。


(2)日本を武力攻撃する利益など存在していない

さらに言えば、日本へ攻め込むことにどんな利益があるというのか。ロシアがウクライナへ攻め込んだのは、大ロシアの復活という幻影(妄執といってもよい)もあったのかもしれないが、ゼレンスキーによるロシアへの挑発や NATO 加盟に対する恐怖感もあったのだ(※)

※ これについては、大前研一「ロシアがウクライナに侵攻した理由」、マネーポストWEB「プーチンの暴走を止められないバイデン氏 背景にある「ウクライナ疑惑」とは?」、東郷和彦「「今しかなかった」プーチンが2月24日にウクライナ侵攻へ踏み切った本当の理由」、松嵜英也「(混沌のウクライナと世界2022)第1回 なぜゼレンスキーはウクライナの大統領になったのか?――人気タレントから大統領就任への社会的背景」などを参照されたい。

これらを読んでいただければわかるが、ゼレンスキーは 2022 年2月にブタペスト覚書=米ロ英3国が、安全保障を引き換えにウクライナに核兵器を放棄させた合意=について再検討をほのめかしたり、ミンスク合意=ドンバス紛争の停戦のため、ウクライナの憲法を改正し、ドンバス地方に“特別な地位”を与えるという合意。2014年にウクライナ、ロシア、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国及びOSCEの代表が調印した。また、翌2015年にはドイツ、フランスが仲介して第2次ミンスク合意が調印されている=の破棄を主張した。

国際関係は、単純な善悪二元論で判断できるようなものではない。ロシア侵攻の背景には様々な経緯があり、いきなり何の理由もなく攻め込んだわけではないのだ。ロシアのやったことは許されることではないが、ゼレンスキーの側が挑発した面があることも否定はできないのである。

これに対して、日本は、元々米国の同盟国なのである。さらに言えば、ロシアとも経済的に強いつながりがあるのだ。これは、中国にしても同じことである。日本との経済的なつながりを断ち切ることは、彼らの自国の利益にはならないのだ。

旧ソ連がアフガニスタンに攻め込んだのは、希土類金属の確保という目的もあったというが、日本には資源など何もない。急速に少子高齢化して衰退することが確実に予想される国家なのである。

そんなところへいったい誰が攻め込んでくるというのか。わが国の与党の政治家が考えるほど、日本には攻め込む魅力などないのである。


4 日本の国防に必要なのは医療の拡充、貧困の根絶などだ

最後になるが、現在の日本にとっての最大の脅威は、新型の伝染病、急速に老朽化する社会インフラ、関東や東海など全国で発生が予想されている大震災、気候危機、そして貧困層の拡大などである。

あり得ない他国の侵略に備える軍拡競争に、貧相な日本の資源をつぎ込む余裕などないのだ。

わが国の国防に必要なのは、医療機関の拡充(将来の伝染病への対応)、社会的インフラの整備、大震災への備え、気候変動への対応、そして若者が能力を発揮できるようにするための貧困の根絶である。

軍事力などではなく、これらにカネを回すことこそ、わが国の国防に必要・不可欠なことなのである。

安倍元総理のような日本軍国主義の残渣のような人物が支配する政党に、これ以上わが国の政府を委ねておくことこそ、日本の国防にとっての最大の危機と言うべきであろう。