板門店宣言=韓半島非核化


2018年4月、板門店において大韓民国と北朝鮮が共同で「韓半島の平和と繁栄、統一に向けた板門店宣言」を公表しました。そのことの日本にとっての意味を検討しています。

これは、当時「実務家のための労働安全衛生のサイト」に掲示したものですが、そのままの形で当サイトに移行しました。




1 はじめに

執筆日時:

筆者:柳川


(1)共同宣言の歴史的な意義

ア 板門店宣言

2018年4月27日、板門店において大韓民国の文在寅大統領と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正恩国務委員会委員長が共同で「韓半島の平和と繁栄、統一に向けた板門店宣言」を公表した。

残念ながら我が国にとっての最大の関心事項である拉致問題についての言及はなかった。だが、そのことは予想されたことではあった。文大統領にしてみれば、何よりも南北の和平こそが重要であり、そのことに水を差す可能性のある拉致問題を、日本のためにわざわざ主張するとは思えないのである(※)

※ 2018年4月29日の朝日新聞によれば、文大統領は金正恩に対して拉致問題について話をしたと、安倍総理に電話で伝えたとされる。だが、文大統領がどのように金正恩に対して伝えたのかは分からない。たんに「日本の意向はこのようだという情報提供」だった可能性もあろう。

イ 朝鮮戦争の終結に向けた動き

一方、和平に向けた取り組みに向けて前向きな内容が盛り込まれたことは大いに歓迎すべきことである。「韓半島で非正常な停戦状態を終息させ、確固たる平和体制を樹立することは、これ以上先送りできない歴史的課題である(※)」として、朝鮮戦争の終結に向けて「停戦協定締結65年になる今年、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のための南・北・米3者または南・北・米・中4者会談の開催を積極的に推進していく」としたことは歴史的に大きな意義のあることだといえよう(※)

※1 韓国政府による公式訳。以下同じ

※2 本件について、ノーベル平和賞の可能性も取りざたされているほどである。個人的には金正恩に平和賞の受賞などして欲しいとは思わないが。

朝鮮戦争の終結については、4月17日の日米首脳会談において、トランプ大統領が「(韓国と北朝鮮が)朝鮮戦争の終戦について議論することに賛同している。今それを議論する時が来た(※)」と表明したされる。朝鮮戦争の当事者は、韓国、北朝鮮のみならず、米国と中国も含まれるので、米国もその意向を示したことは、大いに期待されよう。

※ 読売新聞「朝鮮半島の「終戦」実現、トランプ氏が意欲示す」(2018年4月18日)

ウ 韓半島の非核宣言

さらに、宣言では、そっけない表現ではあるが「南と北は、完全な非核化を通じて核のない韓半島を実現するという共通の目標を確認した」などと、かなりの分量で表明している。このことについては、我が国の世論は、懐疑的ではあるが、ほぼ歓迎しているようである。だが、現時点で、誰も言及していないように見えるのだが、「核のない北朝鮮」ではなく「核のない韓半島」なのである。すなわち、南北会談では「韓半島」だったが、米朝会談では、金正恩は「極東」について非核をもとめてくる可能性があるのだ。

よく知られているように、在韓米軍は、1991年の南北非核化宣言によって、戦術核兵器を韓国から撤収したというのが、米国の公式な見解である。また、核兵器を搭載する米国の艦艇で、韓国の港湾を母港とするものは存在していない。というより、そもそも米国の軍艦は韓国の港湾を母港としていない。

2017年4月25日には米国の潜水艦ミシガンが釜山に入港している。しかし、ミシガンはその外見からも明らかだが、攻撃型空母であり、トマホーク(巡航ミサイル)154発を搭載しているが、戦略核兵器は搭載していない。そして、全米科学者連盟(FAS)のハンス・クリスティンセンによれば、核弾頭を持つトマホークは、米国は2012年の時点ですべて廃棄(※)しており、現時点ではミシガンも当然核巡航ミサイルは搭載していないということのようである。

※ ハンス・クリスティンセン「US Navy Instruction Confirms Retirement of Nuclear Tomahawk Cruise Missile」(2013年)。ただ、後述するが、米国は2018年NPRで核搭載SLCMの開発を宣言している。

確かに、国際的に宣言した非核宣言に反しているとの批判を受けるリスクを冒してまで、米国が、韓半島に核を持ち込んでいると考えることは現実的ではない。そのリスクに対して、メリットがあまりにも小さいからだ。だが、金正恩は文大統領に対して、核がないという証明を求めるかもしれない。それに対して、金正恩を納得させられるだけのものを提供できるかは、不透明であろう。


(2)拉致問題への言及なし

わが国が対北朝鮮で最も重視するべきことが拉致問題であることはいうまでもない。一方、このことが宣言に含まれなかったことは、先述したように文大統領にしてみれば当然のことであろう。韓国の国民は、第二次大戦中における日本の強制徴用や従軍慰安婦の問題の方がはるかに悪質だと考えている。その問題で日韓がぎくしゃくしているときに、南北和へに水を差す危険を冒してまで、日本に気を遣う必要はないのである(※)

※ 産経新聞2018年4月24日付記事などによると、文大統領は安倍総理に、拉致問題について金正恩に伝えると約束はしていた。また、実際に話もしたことは先述したとおりである。

このことは、安倍総理が北朝鮮との対話を公式に拒否してきた(※)ことのツケがきているという見方もできよう。安倍総理は、金正恩が対話を申し入れてくるまで圧力をかけ続けると明言しておられたが、これは外交上得策とは言えない。朝鮮民族の性格は、おどされて何かをするという形式になることを、ひどく嫌うのである。しかも、いくら制裁をしてみたところで、金正恩の生活のレベルが低下するわけではあるまい。被害を受けるのは北朝鮮の一般の国民なのだ。政権を握っている金正恩とその一党は、痛痒を感じないのである(※)

※1 たとえば、産経新聞「対話のための対話は意味がない 安倍晋三首相が強調 北朝鮮問題」(2018年1月26日)、中央日報「日本「安倍首相、平昌で北朝鮮と会談の計画ない…対話のための対話は不要」」(2018年2月8日)、朝日新聞「対北朝鮮「対話のための対話に意味なし」 首相、文氏に」(2018年2月9日)、北海道新聞「米も北朝鮮と対話意思と文大統領 安倍首相は圧力強調」(2018年2月13日)、財形新聞「安倍首相、北が対話求めてくるよう圧力かけ続ける」(2018年2月16日)

※2 だからといって、私自身は、北朝鮮に対する制裁そのものを止めるべきだとは思ってはいない。制裁を続けつつ、対話そのものは否定するべきではないとしているのである。

なお、4月30日に朝日新聞が伝えたところによると、板門店会談において、文大統領が金正恩に対して、安倍総理が北朝鮮との対話の意向があると伝えたところ、金正恩も日本とも対話する意志を示したという(※)。我が国政府も、最近の国際情勢を見てのことではあろうが、北朝鮮との対話の方向に転換しつつある。如何にも「みんなやってるから僕もやろう」というやり方は日本人らしいが、言い換えれば、他の成功を見て“勝ち馬に乗る”ということである。しかし、中国、韓国、米国との間に、一定の外交成果が出た後では、金正恩も強気に出てくるだろうし、中国、韓国、米国の決めた枠の中で動くしかなくなってしまう。

※ 2018年4月30日朝日新聞「正恩氏「日本と対話する用意ある」 南北会談で文氏に」

結果的に、韓国、中国及び米国は、北朝鮮との対話に乗り出し、韓国は朝鮮戦争の終結という終結と韓半島の非核化という大きな成果を得た。米国もなんらかの譲歩を引き出すだろう。日本は、その間、完全な蚊帳の外に置かれているのである。

安倍総理自身は、記者団からの質問に対して、日本が蚊帳の外に置かれる懸念はないとしておられる(※)が、日本政府が手詰まりになっていることは多くの方が感じておられるとおりである。例えば、拉致被害者のご家族の蓮池徹さんが安倍総理について「わざわざアメリカまで行ってトランプ大統領にお願いするというのは、自分たちがお手上げということの裏返しなわけですよね」(※)と批判しておられるのもそのひとつであろう。

※1 2018年4月27日産経新聞記事「南北首脳会談 日本は蚊帳の外では…「それは全くない」と安倍晋三首相」

※2 2018年4月23日朝日新聞記事「蓮池透さん「司令塔?この期に及んで」 首相発言を批判」

安倍総理の外交センスのなさが、我が国の国益を大きく損なっていると言えるのではなかろうか。


2 日本列島からの非核化は

(1)アジアの非核化について金正恩が主張したら

さて、金正恩は米朝会談に向けてどのような対応をとるのかが注目されるが、“極東の非核化”を主張することは考えられる。また、日本との対話が実現した場合に、日本列島の非核化を主張してくる可能性は強いだろう。この場合に、日米はどのように行動するべきだろうか

米国も日本も、北朝鮮の核実験や核配備に対して強く非難してきた。もちろん、このことは正しいことであるし、それに対する制裁そのものも正しいことである。だが、日本列島に核がないかと言われると、韓国の場合とは事情が異なっているのである。

韓国は、米国に対しても、矜持をもって通すべきは通してきた歴史がある。少なくとも1991年の南北非核化宣言以降、戦略ミサイル潜水艦の機構などはさせてこなかったのである。


(2)過去の日本への核持ち込みの“疑惑”

わが国は、非核3原則を形の上では堅持してきた。しかし、よほどのお人よしか軍事オンチでもない限り、米軍が日本に核を持ち込んでいないと信じているものはいないだろう。

かつて、核を搭載できる能力を有する艦船が日本に寄港していたことは事実であり、わざわざ日本へ寄港する前に核弾頭を降ろしてくるなどとは考えにくい(※)。当時の状況から考えれば、核を降ろすくらいなら日本には来ないだろう。

※ 元米海軍少将のジーン・ロバート・ラロック国防情報センター所長が、日本寄港の際に米軍艦船は核を降ろしたりしないと明言しており、エドウィン・O・ライシャワーも毎日新聞の記者に米海軍の艦船は核を搭載したまま日本に寄港したと発言している。

実際に、日本への核持ち込みを疑わせる証拠や証言も多い。例えば、若泉敬氏は、著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」(1994年)の中で「有事の場合は沖縄への核持ち込みを日本が事実上認めるという秘密協定に署名した」と、いわゆる“沖縄核密約”の存在を認めておられる。また、2008年11月9日に放送されたNHKの「こうして“核”は持ち込まれた~空母オリスカニの秘密~」では、1953年に米国の航空母艦オリスカニが核兵器を搭載したまま日本の横須賀港に寄港していたとしている。

米国のジョージ・パッカード氏(元駐日大使の特別補佐官)も、たびたび米軍が日本国内に核を持ち込んだと証言している。

要するに、日本に米軍が核を持ち込んでいたことは、公然の秘密(※)なのである。

というより、秘密とさえ言えないかもしれない。


(3)日本への核持ち込みの現状

これについて、現在では米国は戦術核を、ほとんど廃棄しており、戦略核を搭載する艦艇も数が減っているため、現時点においては、実態として我が国への核搭載艦船の寄港はなくなったとする軍事専門家が多いようである。しかし、トランプは2018年のNPRで核搭載SLCM(潜水艦搭載巡航ミサイル)を開発すると言いだしており、その前提は崩れている。

そうなると、これまでの経緯からみて、攻撃型原潜などに核が搭載されたまま、日本の港湾に寄港する可能性は否定できないのである。現に、民主党政権時代に、当時の岡田外相は「核の一時的寄港を認めないと日本の安全が守れないというような事態がもし発生したとすれば、そのときの政権が命運をかけて決断する」と明言している。そして、これは安倍政権も引き継いでいるとの立場である。

また、2018年3月6日に、沖縄タイムスと琉球新報が報じたところによると、「オバマ前米政権の核戦略指針「核体制の見直し(NPR)」策定に向け、米連邦議会が設置した戦略態勢委員会(委員長・ペリー元国防長官)が同盟国の意見聴取をした際、外務省の秋葉剛男駐米公使(当時、現外務事務次官)が沖縄での核貯蔵施設建設について問われ、「説得力がある」と肯定的な姿勢を示していた」とされている。

北朝鮮の核は悪い核だが、米国の核は正しい核だなどといってみても、中国やロシアなどの社会主義国ばかりでなく、第三世界に対しても筋が通るとは思えない。


3 終わりに

(1)神戸市方式

日本でもあまり知られていないが、米海軍艦船は神戸港に寄港することはない。これは、1975年に神戸市議会(神戸市会)が「核兵器積載艦艇の神戸港入港拒否に関する決議」を可決し、この議決に基づいて神戸港に寄港する艦船に「非核証明書」の提出を求めているからである。

神戸港には、フランス軍、イギリス軍、イタリア軍、インド軍などが寄港したことがあるが、いずれも証明書を提出している。米軍は、これを批判して神戸港には、特殊な事態を除いて寄港しようとしてこなかった。

安倍総理は、衆院予算委員会で「米国は非核三原則に係るわが国の立場を理解している」ので、米国が我が国に核を持ち込むことは想定できないと答弁されたことがある。では何故米海軍が、「非核証明書」の提出程度のことをしないのか、やや疑問ではある。

別に神戸市職員が査察するなどというのではないのである。たんなる米軍が発行する証明書を提出すればよいのである。これをしないのでは、核兵器を“日本側が認めたので正当に”持ち込んでいると言っているようなものである。


(2)韓半島と日本列島の非核化を

ア 気に入らなくても相手の立場からも見てみよう

金正恩は、核実験を繰り返し、ミサイルの試射を繰り返してきた。これは許すべからざる行為である。しかし、北朝鮮の側に立ってみれば、米国は大量の核兵器を有しているのに、戦争の相手国(停戦中)が核兵器を持つことはなぜ許されないのかということになろう。

イ イラク侵攻の教訓

かつて、ブッシュがイラクを攻撃したとき、フセインが大量破壊兵器を有していることや、イランやクウエートに侵略したことを理由に挙げていた。確かに、フセインが他国へ侵略したことは許すべからざる暴挙ではある。

しかし、イラクがイランへ攻め込んだとき、米国はイラク側を支援していた。また、大量破壊兵器についてはでっち上げに過ぎなかったが、いずれにせよ世界で最も大量兵器を保有しているのは米国であるし、第二次世界大戦終結後に、最も他国へ攻め込んだ回数が多いのも米国なのである。

さらに、米国の友好国のイスラエルが大量破壊兵器を保有していたことも不問に付されているのである。

アラブの少なくない民衆にしてみれば、フセインのやっていることは許しがたいにせよ、同時に米国に対しても「お前が言うな」と感じたことも当然であろう。アラブの側にしてみれば、超大国の弱い者いじめにしか見えないのである。

ウ 日本はどうするのか

確かに金正恩は独裁者であるし、我が国の子供を含む国民を拉致したり、他国で兄弟を殺害したり、核の保有や実験を行ったりと、まともな人物ではない。我が国にとっても国際社会にとっても、シリアのアサドと同様、あまりありがたくない人物の筆頭ではある。

しかしながら、国際社会で生き抜いていくためには、気に食わない人間とも付き合っていかなければならない。そのためには、相手の立場に立って物を見てみることも大切であろう。金正恩に対して非核化と査察を求めるのであれば、金正恩も、まさか原発ゼロまで求めてはこないだろうが、日本列島の非核化と査察を求めてくる可能性はある。

これに対して、安倍総理の国会答弁のように「我が国は非核3原則があり米国も尊重している」と言ってみたところで、金正恩もばかではないのである。日本の国会のように、建前論だけ言っていればすむわけではない。事実を挙げて反論されれば、答えようがないだろう。また、日本の態度に対して、中国ばかりか、韓国からも非難を受ける可能性さえあるのだ。

我が国も、この問題を契機に、日本国内への米軍の核の持ち込みについての過去の検討が求められるかもしれないのである。果たして、安倍総理の性格でそのようなことができるのであろうか。